ワークショッププログラム01
東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第1回ワークショップ
「コーパスからわかる言語変化と言語理論」
2014年9月8日(月)〜9月9日(火)
会場:東北大学大学院情報科学研究科棟 2階中講義室
9月8日(月)
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趣旨説明:13:00〜13:10
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Session 1:13:10〜13:50
小川芳樹(東北大学)
「複合語形成における合成性と構文化:幼児の発話データからの考察」-
Snyder (2001)は、英語習得過程の幼児が動詞小辞構文と合成的N-N複合語を最初に発話する年齢に関して統計学的に有意な相関があることなどを示した上で、両構文は、名詞と名詞・動詞と小辞の統語部門での複合によって派生されると論じている。
Ogawa (2014)は、COHAの調査をもとに、hydrophobiaなどの語幹どうしの結合から成るneoclassical compound (Bauer (1983))は、通時的脱形態化の結果としてphobiaのような自立語の用法を確立させた後でdog phobiaのような自立語の結合による合成的N-N複合語を発達させることと、dog phobiaタイプのN-N複合語は語の特徴だけでなく名詞句の特徴ももつことを示した上で、このような現象を「統語的構文化」と呼んだ。
これらの先行研究を踏まえて、本発表においてはまず、日本語習得過程の幼児のN-N複合語の月毎の発話数と、形容詞付き名詞句、名詞句内での「の」の過剰生成、「N+する」型複合動詞、「V+て+V」型複雑述部の月毎の発話数の間に有意な相関があることを示し、Snyder (2001)の主張が日本語のN-N複合語と複雑述部の生成メカニズムにも当てはまると主張する。第二に、日本語習得過程の幼児の発話の中で、名詞句の特徴をもつN-N複合語が出現する年齢と、N-N複合語の発話総数に占める合成的N-N複合語の割合がピークに達する年齢が一致するなどの事実から、歴史的言語変化の過程のみならず幼児の言語習得の過程にも「統語的構文化」が見られると主張する。
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Session 2: 13:55〜14:45
深谷修代(津田塾大学)
「子どものwh疑問文から探る空助動詞について」-
Guasti (2000)らによると、英語を母語とする子どもが発話する助動詞欠如wh疑問文(Wh-S-V)は、空助動詞が関与している。この仮定に基づくと、大人の文法と子どもの文法は構造的に極めて類似しているとみなすことができる。さらに、主語欠如wh疑問文は一切観察されないと予測できる。しかしながら、CHILDESコーパスを調べた結果、2歳半ば頃の短期間に主語欠如wh疑問文が発話されることがわかった。
子どもはどのような構造を持ち、どのような過程を経て大人の文法に到達するのだろうか。本研究発表では、wh疑問文の発達を最適性理論の枠組みで分析し、第1段階ではVPの構造を持つ候補が最適な候補として選ばれることを示す。そのため、空助動詞を伴った候補はEVALで排除される。第2段階になると、同じ集合にある制約が再ランキングされ、IPの構造を持つ候補が選ばれる。このように、最適性理論を用いると、言語発達を一貫して説明できることを提示する。
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Session 3: 14:50〜15:30
小菅智也(東北大学大学院)
「日本語の「V+て+V」形式の通時的発達に関する一考察」-
本発表では日本語の「V1+て+V2」の形式について論じる。「ある、いる、いく、やる、もらう、くれる、おく、しまう」などの動詞が、「V1+て」に後接すると、本動詞用法と同様の意味を持つ場合や、アスペクトとして振る舞う場合などがあり、その解釈は多様である。この多義性については、吉田 (2012) のように、上述した動詞群が「V1+て」に後接することで文法化が生じた結果であるとする立場と、Nakatani (2013) のように、「V+て+V」の多義性は文法化とは無関係であるとする立場がある。
本発表では、日本語歴史コーパスから、「V1+て+V2」のV2が当該用法の初出時期において既にアスペクト化している例を示し、V2のアスペクト化が、「V1+て+V2」という特定の環境下のみにおいて生じるのではなく、V-V複合語など、他の環境内である程度文法化したV2 が「V1+て+V2」内に生じ、さらなる文法化が起こり、アスペクト化する場合があることを主張する。
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金澤俊吾(高知県立大学)
「英語の名詞句における修飾関係の多様性とその変遷について」-
英語において、形容詞が、a cup/glass of Nに代表される助数詞(partitive)を伴う名詞句を修飾する際、様々な修飾関係がみられる。例えば、Quirk et al. (1985: 251)が指摘するように、hotは、a cup of teaを修飾する際には、cup, teaそれぞれを修飾できる(ex. a hot cup of tea/a cup of hot tea)。その一方、コーパスを用いて調べてみると、quickは、cup(またはglass)を修飾する場合にのみ容認される(ex. a quick cup of coffee/*a cup of quick coffee)。また、形容詞によっては、飲み物を表す名詞のみを修飾する場合もある(ex.*a fresh-brewed cup of coffee/a cup of fresh-brewed coffee)。
本発表では、コーパスから得られる言語資料を用いて、形容詞と、助数詞を伴う名詞句との間にみられる多様な修飾関係を通時的に検証する。とりわけ、形容詞と当該名詞句との間にみられる意味的関係に関して年代毎にその変遷について検証する。その上で、現在みられる多様な修飾関係は、同時に発生したものではないということ、また、それぞれの修飾関係は意味的に相互に関係づけられているということをそれぞれ示す。
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Guest Lecture: 16:40〜17:50
堀田隆一(中央大学)
「言語変化研究における歴史コーパス-その可能性と課題-」-
言語史や歴史言語学の研究、とりわけ言語変化の研究において、近年、コーパスの利用は当然視されるようになってきた。英語史の分野でも、歴史英語コーパスの発展により研究の仕方や事実の提示の仕方は大きく変わってきている。言語変化の研究におけるこの潮流を最大限に活かすためには、コーパス利用の長所と短所について理解しておく必要がある。長所としては速度と正確さ、頻度情報の取得、各種統計手法との親和性などが挙げられ、短所としては代表性の問題やコーパスでできる研究しかしない(できない)問題などが指摘される。しかし、長所が必ずしも最大限に利用されているわけではないように思われるし、短所をいかに克服することができるかについての具体的な議論も少ない。本講演では、講演者がこれまで英語の言語変化について歴史コーパスを利用して行ってきたいくつかの調査を紹介しながら、コーパス利用研究の可能性と課題について議論したい。
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9月9日(火)
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Session 1: 10:00〜10:50
柳朋宏(中部大学)
「英語史における数量詞 each の遊離性について」-
本発表の目的は英語の歴史?特に古英語・中英語?において数量詞 each がどのような分布を示し、その分布がどのように変化したのかを、歴史コーパスから得られた用例に基づいて分析することである。数量詞 each には単数形の名詞が後続する場合と複数形の名詞が後続する場合とがあった。前者の場合は each と名詞は格が一致するが後者の場合は each と名詞の間に格の一致はなく後続する名詞は属格もしくは of 属格であった。また each が名詞に後続する場合は稀であった。一方同じ数量詞である all, both はそれらが修飾する名詞・代名詞と数・格において一致した。また all, both は名詞には先行するが代名詞には後続する傾向にあった。さらに each は all, both とは異なる遊離性を示していた。こうした数量詞間の違いは each を含む名詞句構造と all, both を含む名詞句構造との違いに起因すると主張する。また each の遊離性と each other の発達についても触れる予定である。
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Session 2: 10:55〜11:45
西山國雄(茨城大学)
「ラマホロト語の所有名詞句の通時と共時」-
本発表は東インドネシアで話されているラマホロト語(オーストロネシア語族)の所有名詞句を、通時的視点と共時時的視点から分析する。文と名詞句は平行的な構造を持つという仮説の下、文レベルにおけるオーストロネシアの統語変化、つまり動詞上昇の喪失が、名詞レベルでは名詞上昇の喪失として起こったと仮定する。これにより西インドネシアの言語はpossessed-possessorの語順なのに対し、ラマホロト語を含む東インドネシアの言語はpossessor-possessedと逆の語順になることが説明される。ラマホロト語ではpossessed-possessorの順序も可能だが、これはフォーカス移動を含むと分析される。他の移動として所有上昇があるが、この動機付けとして周辺のパプア言語との接触が示唆される。そして言語接触の影響を考慮した代案では名詞上昇の喪失を仮定しない。語族内での文レベルの統語変化の平行性と言語接触のどちらを重視した仮説が望ましいかを最後に検討する。
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Session 3: 13:00〜13:40
菊地朗(東北大学)
「日本語比較構文における形式名詞の無音声化について」-
言語の通時的変化には一定の方向性が見出されることが指摘されてきており、それは「文法化」研究のアプローチにおいて、「一方向性の仮説」として論じられてきている。概略、言語変化において、語彙範疇に属する内容語が(i)意味が漂白され、(ii)使用文脈の拡張し、(iii)本来の形態統語的性質を失い、機能語化し、(iv)音声的に弱化していくというプロセスが通言語的に観察されるという主張である。本発表では、比較を行う文脈で「AよりBのが好き」(Bのほうが好き、の意味で)といった表現が存在し、かつ増えてきていることを、特定の言語使用域にて収集した言語資料に基づいて明らかにし、この表現における「の」の用法が従来の研究で指摘、分析されてきている種々の用法とは異なり、「〜のほう」からの名詞「ほう」の省略(無音声化)によるものと分析すべきであることを論じる。「ほう」は元々は空間的方向を表す内容語であるが、その用法を保持しつつも、意味が漂白され形式名詞化した用法も生れたと考えられる。本発表の主張が正しいとすると、さらにその一部の用法が無音声化していることになり、(iii)から(iv)のプロセスが生じていることになり「一方向性仮説」を支持するものと言える。
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ession 4: 13:45〜14:35
縄田裕幸(島根大学)
「英語における主語位置の通時的変遷:下方推移分析」-
本発表では、中英語から近代英語にかけて主語位置がどのように推移したかを通時的コーパスの調査により明らかにするとともに、近年の極小主義の理論的枠組みに基づいて分析を行う。具体的には、初期中英語において2つの統語的位置が主語の情報ステイタスによって使い分けられていたのに対して後期中英語でそのような機能的役割分担が消失し、さらに近代英語期には主語を認可する統語的位置が1つに収束したと論じる。この一連の変化は、Nawata (2009) で提案されている一致素性の分布に関するパラメター変化-異なる機能範疇主要部を占めていた数と人称の一致素性が下方推移しながら統合されていった-から予測されるものであり、主語は一致素性とともに文構造を通時的に下降していったことになる。また本発表の分析から、他のゲルマン系言語でしばしば観察される他動詞虚辞構文が後期中英語に出現して近代英語期中に消失した理由についても自然に説明できることを示す。
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Session 5: 14:50〜15:30
新沼史和(盛岡大学)
「コーパスを利用した日本語のar自動詞の形態統語論的分析」-
影山(1996)は、日本語のar自動詞は、脱使役化という操作を受けて他動詞から自動詞が形成されると論じている((1-2)を参照)が、(3)-(5)に示したように、その分析とは相容れない例文も散見される(cf. 須賀(1981)等) 。
(1) [ x CAUSE [ y BECOME [ y BE-AT z]]] x -> φ
(2) a. 太郎が募金を集めた
b. 募金が集まった
(3) 太郎が風呂につかった
(4) 校長が学校を変わった
(5) 花子が診察を終わった
(3)では、主語が動作主である文、(4,5)では、ヲ格名詞句が存在し、他動詞の格フレームを持っている。加えて、(4)では、主語は経験者であるのに対し、(5)の主語は、経験者の場合(患者)と動作主の場合(医者)とが存在する。そこで、ar自動詞の使用拡張に関して少納言コーパスを用いて調査し、形態素arの本質を検討する。
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Session 6: 15:35〜16:15
長野明子(東北大学)
「借入と言語変化—Namiki (2003)の事例を中心に」-
Namiki (2003)は、英語の前置詞in が日本語に借入された事例では、一種の構造の再分析が起こるという観察をしている。例えば、「リンスインシャンプー」という表現において、「イン」は、(1a)の英語対応形のように後続名詞を補部とするのではなく、(1b)のように先行名詞を補部とする。
(1) a. [ rinse [ in shampoo]]
b. [[リンス イン] シャンプー]
Moravcsik (1978)のUniversals of language contactによれば、文法的形態素の借入が可能なのは、その語順特性も込みで借入される場合のみである。(1b)の「イン」は一見するとこの一般化に反するようにみえる。本発表では、コーパスデータを基にこの問題を検討するとともに、言語変化にとって借入現象がどのような役割を果たすかについて考察する。
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問い合わせ先: 小川芳樹 @
ワークショッププログラム02
東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第2回ワークショップ
「コーパスからわかる言語の可変性と普遍性」
2015年9月8日(火)〜9月9日(水)
会場:東北大学大学院情報科学研究科棟 2階 中講義室
9月8日(火)
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趣旨説明:13:00〜13:10
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Session 1:13:10〜13:50
小川芳樹(東北大学)
「等位同格構文と同格複合語の統語構造と構文化についての一考察」-
「子ども」を表す名詞と別の名詞が同格関係で結びつく表現には、一見、全体で名詞句を構成するもの(タイプA:子どものクマ/bear’s cub)と複合名詞を構成するもの(タイプB:子グマ/bear cub)がある。いずれのタイプにも、2つの名詞N1, N2が共時的に入れ替え可能なもの(「クマの子ども/子どものクマ」「child beggar/beggar child」)や、通時的にN1とN2の語順が入れ替わったものもある。また、その表現が通時的にタイプBからタイプAに、または、タイプAからタイプBに変化してきたように見えるものもある。
本発表では、タイプAを「等位同格構文(coordinative appositive construction)」、タイプBを同格複合語(appositional compound)と呼んで便宜上区別した上で、両構文の共時的特徴と通時的関係性について、次の三点を主張する。まず、タイプAのうち「子どものクマ」はLinkerP内での述部倒置を含み、この「の」は、an idiot of a doctorのofと同様、名詞的繋辞であると主張する(cf. den Dikken (2006); 奥津 (1978))。第二に、タイプBについても、全体はN0ではなく、機能範疇Relatorを含む名詞句であると主張し、ここで「of/の」が生じない理由について形態統語論的に考察する。第三に、タイプAとタイプBの間で通時的に変化してきた事例の存在や「子ども店長/cub pilot」タイプの新たな表現の出現について、Ogawa (2014a,b)が主張する「複合名詞の統語的構文化」の仮説に基づく説明を与える。
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Session 2: 13:55〜14:35
島田雅晴(筑波大学)
「英語における等位複合語の生起について」-
日本語の「親子」などに相当する、いわゆる等位複合語の生起について、自然言語はそれを許す言語と許さない言語の2種類に大別されるといわれている。英語は日本語と異なり前者に属するとされる。Shimada (2012)は等位複合語生起に関する言語間相違を自由形態素が優位か拘束形態素が優位かという当該言語の形態特性に帰している。具体的には、拘束形態素が優位の言語では、自由形の語を生成するという音韻・形態上の要請により等位複合語が生起するとしている。英語は史的に拘束形優位の言語から自由形優位の言語に変化していったといわれており、このことは、英語では過去においては等位複合語が存在していたことを意味する。本発表では、現在の状況の確認も含めて、様々な資料で英語史上における等位複合語生起について調べ、その結果に関して理論的な考察を加えることにする。また、これに関連することとして、英語でAlzheimer’s diseaseという表現がAlzheimer’sという表現と交替する事実にも触れ、これについても資料に基づく調査を行う。
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Session 3: 14:40〜15:20
木戸康人(神戸大学大学院)
「日本語複合動詞の発達過程の解明に関する一考察」-
本発表では原理とパラメータのアプローチ (Chomsky 1981)から、1) なぜ日本語に語彙的複合動詞が存在するのか、2) 日本語を母語とする子どもがどのように語彙的複合動詞を獲得するのかという2つの問いの解明を試みる。まず、一つ目の問いに対しては、日本語は複合語パラメータ (The Compounding Parameter (TCP)) (Snyder 1995, 2001, 2012)がプラスに設定される言語であるからだと提案する。次に、二つ目の問いを明らかにするために、CHILDESデータベース (MacWhinney 2000, Oshima et al. 1998)に収録されている日本語を母語とする子ども (e.g., Aki, Miyata 1995)の自然発話コーパスを調査する。そうすることで、TCPがプラスに設定されると複合動詞が観察されるかどうかを検証する。コーパスを使用した質的研究の結果、TCPがプラスに設定されるのと同時期に複合動詞が観察されたことを示す。
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Session 4: 15:30〜16:10
杉崎鉱司(三重大学)
「幼児英語に見られる助動詞doの誤り:素性継承に基づく分析」-
本発表では、英語を母語とする幼児が示す助動詞doに関する誤りに基づいて、母語獲得研究と生得的な言語機能(UG)に関する研究がどのように結びつきうるかを具体的に議論する。
英語を母語とする3歳児が否定文を発話する際、主語が3人称単数であるにもかかわらず、正しくdoesを用いるだけではなく、誤ってdoを用いることが広く知られている。
(1) Robin don’t play with pens. (Adam, 3;04)
Guasti & Rizzi (2002) は、疑問文ではこのような誤り(つまり、(2)のような例)が見られないことを、7名の英語を母語とする幼児の発話コーパスを分析することによって発見した。
(2) #Do he go?
Guasti & Rizzi は、幼児発話に見られる否定文と疑問文におけるdoの誤りの有無に基づき、句構造の中に一致を司る機能範疇(AGR)が存在することを主張している。
本発表では、まず、Guasti & Rizzi (2002) による発見の妥当性を、より広範な幼児発話コーパスを分析することで再検討する。さらに、Chomsky (2007) などで提案されているCからTへの素性継承メカニズムを仮定することにより、AGRの存在を仮定せずとも上記の観察を説明できることを示す。それにより、母語獲得に見られる誤りが、UGにおける素性継承メカニズムの存在の可能性を高めることを主張する。
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Session 5: 16:15〜16:55
桑本裕二(秋田高専)
「若者ことばは通時変化を確認できるか?
−テレビドラマのデータベース作成とその分析結果より−」-
一般に、非常に移ろいやすく、語彙の定着やその通時変化を確認するのが非常に困難である若者ことばを的確に記述するために、20歳代の若者が中心に登場するテレビドラマを1990年代、2000年代、2010年代から3作品選び、台詞を文字化してデータベースを作って分析を試みた。特に若者ことば特有の語彙やイントネーションが20年近くの間にドラマの台詞にどのように反映されてきたのかを検証する。若者ことば研究は、特に通時変化に関しては、特定の個人の研究者による限られた範囲での語彙分析が散見されるにとどまるが、本研究による分析はこの種の語彙研究を客観的な視座からとらえることをめざしたものである。
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Session 6: 17:00〜18:10
保坂道雄(日本大学)(招聘)
「文法化と言語進化」-
言語研究の究極の目的は、「なぜ人間だけが言葉を使うことができるのか」という問に対する答えを見出すことであろう。まさに、これはミニマリストの目指す、生物言語学的視点であり、今世紀になり、ようやくその視界が開けてきた。しかしながら、その反面、言語事実に立脚した研究との乖離が生じ、実際の言語を対象とする研究者たちの間に、自問する声も聞こえる。本発表では、英語の文法化という具体的な言語現象を通して、言語進化の研究に対して、如何なる貢献ができるか検証するものである。具体的には、文法化は「伝達の言語」の領域における研究対象であり、これまでの言語学の中心的課題であった移動、格、一致等の言語現象もまたその領域に存在し、複雑適応的な小進化が繰り返されてきた結果、言語の通時的及び共時的多様性が生まれてきたことを論じていきたい。
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9月8日(火)
- 9月9日(水)
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Session 1: 10:00〜10:40
菊地朗(東北大学)
「概念構造上の価値の体系に基づく誘導推論について」-
Jackendoffは善悪、好悪などの価値(value)に関する概念構造上の体系を提案している。そこでは種々の価値の種類に基づき価値判断の分類がなされ、価値の間での推論があることが示されている。しかし推論の中には論理的に正当な推論もあれば必ずしも正当な推論ではないにもかかわらず、相手を特定の判断に導くことになる誘導推論(invited inference)もある。価値に基づく推論にもそのような誘導推論が存在する可能性が否定できない。本発表では、価値に基づく推論にも誘導推論があることを示し、国会議事録をデータベースによって実証を試みたい。
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Session 2: 10:45〜11:25
山村崇斗(筑波大学)
「英語史における形容詞の名詞的用法の発達」-
現代英語でみられる形容詞の名詞的用法(the poor、the youngなど)と所有標識(-'s)との共起が中英語ではほとんど不可能である。現代英語の規範文法でも、それらの共起関係は容認されていない。一方で、電子コーパスからのデータや一部の英語母語話者は、これを容認しているようである。
この事実について、形容詞の名詞的用法の歴史的変遷を観察しながら、形態統語論の立場から、形容詞の名詞的用法の内部構造を明らかにする。本発表では、Kester (1996)に従い、形容詞の名詞的用法は「形容詞が空の名詞Nを持つDP構造」であると考えるが、現代英語の一部の話者にとって、当該の形容詞が名詞へと品詞転換していることを主張する。
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Session 3: 11:30〜12:10
久米祐介(藤田保健衛生大学)
「軽動詞構文における事象名詞の通時的変化について」-
現代英語にはhaveやmakeなどの語彙的意味の希薄ないわゆる軽動詞が不定冠詞を伴った事象名詞を選択する軽動詞構文がある。本発表では、軽動詞に選択される事象名詞のステータス変化を歴史コーパスから抽出したデータを分析することによって明らかにする。具体的には、古英語ではhaveが選択するrest, life, fightなどの動詞と同根の事象名詞は対格が付与されていたことから、項であったと考えられる。現代英語において、haveに選択される-ationや-mentなどの接辞を伴う事象名詞は受動化が許されるのに対し、接辞を伴わない事象名詞は受動化が許されないことから、後者は中英語以降に格の形態的表示が衰退するとともに叙述名詞に変化したと主張する。一方、makeは中英語から事象名詞を選択するようになるが、接辞の有無にかかわらず受動化が可能であることから、現代英語においても依然として項であり、事象名詞のステータス変化はないと結論付ける。
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昼食休憩: 12:10〜13:00
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Session 4: 13:00〜14:10
乾健太郎・松林優一郞(東北大学)(招聘)
「言語コーパスへの重層的意味情報付与 〜自然言語処理から見たコーパス分析〜」-
コーパスに基づく言語解析の研究は,初期の形態素・統語解析から次第にその対象を意味・談話解析と呼ばれる言葉の意味に踏み込んだ処理に広げており,それに従って,コーパスへの注釈付けも語義,固有表現,照応・共参照,述語項構造,モダリティ,時間情報,談話関係など,多様化が進んでいる.本講演では,こうした多様な意味的注釈づけの研究動向を,とくに同一の文書集合上に様々なレイヤの意味情報を重層的に付与する試みに触れながら概観する.また,我々のグループがこれまで携わってきた照応・共参照,述語項構造,モダリティ,談話関係について,注釈付けの仕様の具体例を紹介するとともに,述語項構造の注釈付けについて仕様設計上の課題を深く掘り下げて紹介する.注釈付けの仕様を論じることは,言語解析という漠然とした目標をどのように具体的問題に切り分けるべきか論じることであり,極めて重要な意味を持っている.言語学研究との連携を広く呼びかけたい.
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Session 5: 14:15〜14:55
坂本明子(東芝研究開発センター)
「モダリティ表現を中心とした、機械翻訳のための日本語前編集」-
講演などの自発的な話し言葉を日英方向に機械翻訳する場面において、話し言葉に特有の言語現象や、源言語と目的言語の違いに着目しながら、源言語となる日本語話し言葉を編集することにより、機械翻訳精度の向上を図る。従来自然言語処理で行われてきた、詳細な音声書き起こしを整える技術の場合とは違い、モダリティ表現などの、命題とは直接関係の無い要素を担う表現を削除することを特徴とする。どのような表現について削除すると機械翻訳の精度向上を行えるかについて、言語研究の観点を借りて整理することを試みるとともに、実際の機械翻訳の改善例を観察しながら議論する。
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Session 6: 15:00〜15:40
長野明子(東北大学)
「リンスインシャンプーは間違った英語か?:挿入型コード交替分析」-
いわゆるカタカナ英語は言語接触という現象や接触言語学という研究分野にとって非常に面白い題材を提供する。その一環として,本稿では「リンスインシャンプー」型の名詞修飾表現(Namiki 2003, 2005)に着目する。まず,料理レシピのuser-generated siteとして世界最大といわれるCookpadをコーパスとして,この形式が20代〜40代日本人女性による名づけで生産的に使われていることを示す。次に、8つほどある下位タイプのいずれもが伝統的日本語表現の構造を土台とした挿入型コード交替として分析できることを示す。最後に、コード交替の社会言語学的側面に関する知見を概観した上で、今回のコード交替がなぜCookpadというサイト上で頻繁に行われるのかを検証する。本稿の分析が正しければ、「リンスインシャンプー」は日本語の構造を借入形態素で具現したものであるので、「間違った英語」とはいえないということになる
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問い合わせ先: 小川芳樹 @
ワークショッププログラム03
東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第3回ワークショップ
「内省判断では得られない言語変化・変異の事実と言語理論」
2016年9月7日(水)〜9月8日(木)
会場:東北大学大学院情報科学研究科棟 2階 中講義室
会場へのアクセスはこちらをご覧ください
9月7日(水)
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趣旨説明(小川芳樹):13:00〜13:10
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Session 1:13:10〜13:55
小川芳樹(東北大学大学院情報科学研究科)
「属格主語を含む関係節・形式名詞節の通時的な状態化と語彙化について」-
「が/の」交替の統語的認可については、D分析 (Miyagawa (1993, 2011)、C分析 (Watanabe (1996), Hiraiwa (2002))、weak v+依存テンス分析 (Miyagawa (2013))など諸説があるが、いずれも、共時的文法についての仮説であり、「が/の」交替の生起環境の通時的変化を説明できない。
本発表では、小菅&小川 (2015)の名詞化辞n (nominalizer)分析を発展させ、(1)〜(3)を提案する。
(1) 属格主語は、機能範疇n (≠ D)と併合する句内で認可される。
(2) nは、それと併合した形態素または句を名詞化する。
(3) 範疇選択の指定をもつD, C, T, vと異なり、nは、任意の範疇と併合できるが、
どの範疇と併合し得るかの特性は、通時的に変化し得る。
具体的には、nは、その補部にCP, TP、vP、VP/APいずれとも併合できる段階(1900〜40年代)、TP、vP、VP/APと併合できる段階 (1950〜70年代)、vPとVP/APのみと併合できる段階(1980〜90年代)、基本的にVP/APのみと併合できる段階(2000〜2010年代)を経て、属格主語を含む述部を漸次的に語彙化しつつある、と主張する。
この主張は、1900年代から2010年代までの110年間に出版された約5000ページ分の文学作品から集めた主語付き関係節と形式名詞節の実例約7000例の分析から得られた以下の特徴を説明する。(A) 主語付き名詞節全体に占める属格主語名詞節の割合の単調減少、(B) 属格主語を選択する述部の状態述部化、(C) 属格主語と述語の間に副詞や目的語が介在する割合の増減、(D) コピュラ文が属格主語を取る事例の出現と衰退、(E) 属格主語を許す形式名詞節の多様性と頻度の減少。
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Session 2: 13:55〜14:40
柴崎礼士郎(明治大学)
「アメリカ英語における文末引用構文の発達について」-
近年, 引用あるいは話法に関する研究が改めて注目を集めている。英語関連ではBarbieri (2005), Rickford et al. (2007), Buchstaller et al. (2010), Brinton (2015), 更に言語類型論でもPlank (2005)やBuchstaller & van Alphen (2012)のような包括的研究成果も報告されている。研究の中心は発話動詞および感嘆詞と直接引用との関係を考察するものが多く, 英語研究の場合be like, go, say, allと後続する直接引用に関する研究が大半である。
本研究では(1)に見るis all構文の史的発達を分析する。安藤(2005)と藤井(2006)が, 「定形文+that is all」という独立文の連続使用の融合を示唆している点を除けば, 本構文に正面から取り組む研究は皆無と思われる。
(1) “Oh, sorry. Happy to see you, is all.” (2005 COCA: FIC, Improbable Times)
コーパスに基づく調査結果は以下の通りである。統語的には, 18世紀初頭頃に「定形文+that is all」の連続生起が徐々に頻度を増し始める。その過程で, 指示代名詞のthatが徐々に非制限用法の関係詞(that, which)へと置き換えられ, 20世紀初頭には(1)のような関係詞無しの破格構文として使用されるに至る。意味的・文体的特徴は, 時代が下がるにつれて直接引用と判断可能な先行節(引用実詞)を受けるが, 引用符の無い場合が殆どである点である。
言語研究における書き言葉偏重(written language bias)という指摘もある(e.g. Linell 2005)。一方, 本稿で取り上げるis all構文はCOCAで確認する限り圧倒的に小説ジャンルで使用されており, 1980年代後半のアメリカ口語を記録したSanta Barbara Corpus of Spoken American Englishでも用例が確認できない。現代アメリカ英語における口語と文語の乖離は以下のように説明できると思われる。20世紀初頭に一部の口語アメリカ英語として発達したis all構文が, 20世紀初頭から半ばにかけてE.M. ヘミングウェイやJ.D.サリンジャーの作品として世に広められ, その後, 口語として衰退する一方で, 文語としての使用は持続している。
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Session 3: 14:40〜15:25
田中智之(名古屋大学)
「英語史における不定詞節の構造と否定辞の分布」-
現代英語において不定詞節を否定する場合、否定辞notが不定詞標識toの前に現れる語順(not-to-V語順)が普通であるが、notがtoと動詞の間に現れる語順(to-not-V語順)も可能である(cf. John wants {not to / to not} go.) 。一方、不定詞節における否定辞の分布を扱った通時的研究は数少なく、その歴史的発達の全体像は必ずしも明らかではない。本発表では、歴史コーパスを用いて不定詞節における否定辞の分布を調査し、その調査結果を不定詞節の構造変化と関連付けて説明することを目的とする。まず、後期中英語に機能範疇TとCが導入され、不定詞節が節構造を持つようになった結果、不定詞標識toの併合位置としてTとCが利用可能になったことを提案する。そして、この構造変化の下、初期中英語までは不定詞節全体に付加されていた構成素否定のnotが、NegP指定部を占める文否定のnotへと再分析され、not-to-V語順に加えて、to-not-V語順、およびnotがtoと動詞に後続する語順(to-V-not語順)が出現したと主張する。その後、to-V-not語順は初期近代英語に消失するが、動詞移動の消失と補文標識forの出現に関連付けて説明する。また、時間の余裕があれば、他の非定形節における否定辞の分布の歴史的発達についても考察してみたい。
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休憩: 15:25〜15:40
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Session 4: 15:40〜16:25
柳朋宏(中部大学)
「古英語の副詞節における主節現象と目的語移動」-
現代英語においては、倒置のような主節現象がある種の副詞節中で観察されることが従来より指摘されている (Hooper and Thompson (1973), Haegeman (2002, 2012) など参照)。Haegeman は一連の研究の中で、主節現象が容認される副詞節を「周辺的副詞節」と呼び、容認されない副詞節である「中心的副詞節」と区別している。また Frey (2012) は、現代ドイツ語における周辺的副詞節と中心的副詞節とにおける主節現象の有無について論じている。さらに、それぞれの副詞節における法不変化詞 (modal particle) の利用可能性についても分析し、法不変化詞は周辺的副詞節でのみ用いられると結論づけている。
古英語においても、ある種の従属節では動詞第2位現象のような主節現象が観察されることが Kemenade (1997) や Ohkado (2002) などで指摘されている。本発表では、従来の分析を踏まえ、古英語コーパスの YCOE から抽出したデータに基づき、古英語における従属節中の主節現象について論じる。具体的には、主節現象が観察される副詞節と観察されない副詞節における談話標識(法不変化詞)の生起可能性と目的語移動の利用可能性について分析し、現代英語や現代ドイツ語における中心的・周辺的副詞節との共通点・相違点を指摘する。
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Session 5: 16:25〜17:10
堀田隆一(慶應義塾大学)
「AB言語写本テキストに垣間みられる初期中英語写字生の形態感覚」-
本発表では、13世紀前半にイングランド南西中部方言で書写された、比較的一様な綴字や言語特徴を示す写本テキスト群に表わされる「AB言語」に焦点を当て、そのパラレル・エディションを利用して句読法、綴字、および音韻形態論上の変異を明らかにすることを目的とする。とりわけ注目するのは、写本上に確認される形態素間の空白の量である。現代英語の標準的な書き言葉では、形態素間の境や語間の境は、概ね規範的一貫性をもって空白、無空白、ハイフンなどにより表わされるが、中世写本においては、個々の写字生に特有の、現代とは異なる「形態論的感覚」が微妙な空白取りにより表わされている。例えば、R写本の Sawles Warde には、形態論的には接頭辞と基体からなる1語とみなされる単位が un_witnesse のように接頭辞の後に若干の空白をもって綴られているような例が多く、一方で統語的に前置詞 in と冠詞 the の2語からなるとみなされる単位が iþe と離さずに綴られている例がみられる。これらの事例の分布を写本別に調査することにより、当時の「形態感覚」の部分的復元を試みたい。また、この調査を通じて、言語において語とは何かという積年の理論的な問題にも新たな光を投げかけたい。
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Session 6: 17:15〜18:25
竝木崇康(聖徳大学)(招聘)
「語形成における例外的現象と言語変化―英語と日本語の複合語を中心に―」-
私が今までに行なってきた英語と日本語の語形成(派生形態論)の研究の中で、自分自身で特に興味を持って取り組んできた次の4つのトピックについて、短時間ずつではあるが取り上げたい。
(1)「複合語の主要部」と「複合語の副主要部 (subhead)」という概念に関するもの。特に後者は私の造語であり、たとえば次のような表現に見られる複合語の第1要素とその補部となる前置詞句等と関わるものである。(なお前者に関しては Namiki 2001参照)
a. a guidebook to modern linguistics (竝木1985, pp. 151-152, Namiki 1994, p. 277)
a’. a guide to modern linguistics
a”. *a book to modern linguistics
(2)単語の主要部の概念と関わる和製英語表現に関するもの。特に「リンスインシャンプー」という表現やそれと同様の N1 in N2 というパタンを持つものについて論じる。これらは日本語の語形成において興味深い特性(主要部の位置、一見すると3つの要素からなっているがbinary branchingの構造を持つ点、機能範疇である前置詞を取り込んでいる点等)を持っており、社会言語学との接点をも持つと思われる。(Namiki 2003, 竝木 2005)
(3)「〜放題」に関するもの。「〜放題」という表現は現代では派生語とされることが多いようである。しかし16〜17世紀には「放題」は独立語として使われ、しかも別々の意味と発音を持っている2つの単語だったが、その後1つの単語に融合し、意味も片方のものだけになったことを示すとともに、現代日本語の小規模なコーパス等に基づき、「〜放題」という表現は今でも複合語と考えられる側面を持つと論じる。(Namiki 2010)
(4)「脱文法化 (degrammaticalization)」に関するもので、英語の mini, retro, ex, ism, ologyの例や日本語の「〜めかす」から「めかす」への変化について述べる。(竝木 2015, Namiki and Kageyama (2016))
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9月8日(木)
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Session 1: 10:15〜11:00
長野明子(東北大学大学院情報科学研究科)
「英語の派生接頭辞a-の生産性の変化について」-
派生接辞は多くの場合、類を成す。同じ類の属する接辞同士は競合し、その関係が個々の接辞の生産性を左右する (Aronoff 1976, Plag 1999, Bauer 2000)。本発表で扱う英語の接頭辞a-は、このどちらの点でもユニークである。第一に、類をなさない派生接辞である。接頭辞としては範疇を変えるという点で独特であり、一方、形容詞を派生する接尾辞と比較しても同類とはいいがたい。第二に、にも関わらず、つまり形態的システム中では明確な競合相手はいないにも関わらず、a-は近代英語期において独自の生産性の変化を示す。まず初期近代英語期に基体として動詞を選択するようになり(それ以前は名詞か形容詞)、後期近代英語期には、一時期、生産性が急激に上昇した(のち、20世紀に急降下)。本発表では、Nagano (2016) を土台に、a-の生産性の変化についてOEDおよびLiterature Onlineからのデータを用いて観察し、韻文のための語形成という仮説を提案する。
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Session 2: 11:00〜11:45
南部智史(日本学術振興会特別研究員PD/津田塾大学)
「「が/の」交替の90年間の動向とその変化の要因」-
現代日本語における従属節内の主語表示「の」の使用には様々な統語的制約があり(e.g. Harada1971、井上1976)、その使用は減少傾向にあるという共時的言語変化も観察されている(南部 2007)。また、歴史言語学では、助詞「が」と「の」は上代以降、機能の相補分布に向かって変化していることが指摘されている(Frellesvig 2010)。
本研究では、現代日本語における「の」主語使用の減少を助詞「が」と「の」の歴史的変遷という観点から捉え、その相補分布に向かった長期的な変化の一部を担っていると考える。ここでは現代日本語研究と歴史的研究の間にあたる、大正〜昭和前期の「が/の」交替の状況を定量的・定性的に調査し、「の」主語減少という変化に関わる要因について考察した。
本研究のデータには、大正・昭和前期の講演・演説等の発話音声が約18.5 時間録音されているSP 盤レコード「岡田コレクション」の文字化資料(漢字仮名混じり約40 万字)(相澤・金澤 2016)を用いた。分析の結果、江戸期から現代につながる変化の進行過程が定量的に明らかとなり、変化を推進する一因に関しても、動詞の明示的連体形など「の」使用環境の消失が示唆された。
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昼食休憩: 11:45〜13:00
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Session 3: 13:00〜13:45
縄田裕幸(島根大学)
「動詞移動は何によって駆動されるか:英語史における残留動詞移動現象からの考察」-
英語は初期近代英語において定形動詞が否定辞・副詞に先行する動詞移動タイプの言語から、定形動詞がこれらの要素に後続する接辞下降タイプの言語へと変化したと考えられている。しかし、後期近代英語になってもknow, believe, care, doubtなどの一部の動詞は動詞移動の消失に抵抗し、否定文においてnotの前に置かれることがしばしばあったことが知られている。このような残留動詞移動現象は動詞移動の有無をUGのパラメタとして扱う接近法にとって一見したところ問題となる現象である。ある言語における動詞複合体形成の方法がもっぱら屈折辞として具現化される機能範疇によって決定されるとすると、その影響は屈折辞と融合するすべての動詞に及ぶはずであり、特定の語彙項目を選択的に動詞移動の対象とすることは原理的に不可能だからである。そこで、本発表では後期近代英語のタグ付きコーパスの調査から残留動詞移動の実態を記述するとともに、上述の問題に対する解決策を提示することを試みる。具体的には、動詞移動には豊かな屈折辞によって駆動されるものと否定接辞によって駆動されるものの二種類があるとする縄田(2016)の提案を発展させ、その理論的な帰結について考察する。
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Session 4: 13:45〜14:30
小菅智也(秋田工業高等専門学校)
「日本語複合動詞「V+合う」の通時的統語論:「お互い」の格標示をめぐって」-
本発表では、日本語の「V+合う」形式複合動詞の統語構造について論じる。当該形式の統語構造については、全体を語彙的複合語とみなす立場と、統語亭複合語とみなす立場が存在し、Ishii (1989), Nishigauchi (1992), 由本(2005) 等で様々に論じられてきた。
本発表ではまず、「太郎と次郎がお互い{を/に}なぐり合った」のような、相互代名詞「お互い」と複合動詞「V+合う」が単文内に共起する例をもとに、現代日本語における「V+合う」形式の統語構造を提案する。具体的には、現代日本語の「V+合う」には、「合う」がその補部にVP を選択する構造と、vP を選択する構造の二種類が存在することを示す(cf. Kosuge (2014))。
次に、本発表では、「V+合う」複合語の統語構造の通時的発達について議論を行う。ここでは、日本語歴史コーパスを用い、「V+合う」形式に生じる「お互い」の格標示の通時的変化について、次の事実を明らかにする。すなわち、現代語において「V+合う」の文中生じる「お互い」は、与格・対格どちらでも標示可能であるが、通時的にみると、17世紀頃に与格標示の用法が確立した後、1920年代頃に対格標示の用法が可能になったのである。
この観察をもとに、本発表では、「V+合う」は、元々VP を補部に選択していたが、統語的構文化(Ogawa (2014)) の結果、vP 補部構造が可能となり、機能範疇v により、「お互い」の対格の照合が可能となったということを主張する。
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Session 5: 14:30〜15:15
新国佳祐・和田裕一・小川芳樹(東北大学大学院情報科学研究科)
「ガ-ノ交替の容認性を規定する諸要因―Web質問調査に基づく世代間比較―」-
本研究では,ガ-ノ交替による文の容認性の変動を規定する要因について,1) 容認性評定者の年齢,2) 従属節述部の意味的種類,3) 副詞が介在する位置という三つの側面から実証的に検討した。Webを用いた質問調査により,20歳代(100名),40歳代(100名),65〜74歳(100名)の各年齢群に属する対象者に対して,ガ-ノ交替を含む関係節構文の容認性について評定させた。調査1では,従属節がi) 形容詞述語文,ii) 状態動詞述語文,iii) 結果の持続を表す動詞述語文,iv) 習慣・反復を表す動詞述語文,v) 一回限りの出来事を表す動詞述語文,vi)コピュラ文である各刺激文について,それぞれ従属節主部をガ主語/ノ主語とする条件で提示した。調査2では,従属節内に生起する副詞(文副詞または様態副詞)の位置を操作し,副詞-主語-述語語順条件および主語-副詞-述語語順条件の各条件下で刺激文を提示した。
コーパス分析を行った先行研究(e.g., 小川, 2016; 南部, 2014)においては,ガ-ノ交替の生起する頻度には顕著な通時的変化が見られることが示されている。また,Harada(1971)は,ガ-ノ交替への容認性のばらつきが文法の通時的変化に起因する可能性を主張している。本発表では,ガ-ノ交替の容認性に関する世代間差が,上記のような産出頻度の通時的変化と対応して生じているか否かについて具体的な調査データに基づいて議論し,言語変化の統語論的研究における心理言語学的方法論の適用可能性を模索する。
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ワークショッププログラム04
東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第4回ワークショップ
「コーパス・多人数質問調査からわかる言語変化・変異と現代言語理論」
2017年8月28日(月)〜 8月29日(火)
会場:東北大学大学院情報科学研究科棟 2階 中講義室
会場へのアクセスはこちらをご覧ください
8月28日(月)
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アナウンス:13:00〜13:10
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Session 1:13:10〜13:55
深谷修代(芝浦工業大学)
「移動物からみた壁塗り構文の特徴:「塗る」, ‘spray’ , ‘smear’」-
「本発表では、日本語と英語でみられる壁塗り構文(場所格交替構文)を取り上げる(1) (2)。
(1) a. 移動物目的語構文:John sprayed paint on the wall.
b. 場所目的語構文:John sprayed the wall with paint. (影山(2001: 101))
(2) a. 移動物目的語構文:壁にペンキを塗る
b. 場所目的語構文:壁をペンキで塗る
深谷(2016)では、青空文庫とBNCを用いて「塗る」と‘spray’を分析し、日本語では移動物目的語構文が232例、場所目的語構文が46例、英語では移動物目的語構文が61例、場所目的語構文が111例観察されたことを示している。
本研究発表では‘smear’を加えることにより、塗るタイプの壁塗り構文をさらに追求していく。‘smear’も‘spray’と同様にBNCでデータ収集をした結果、移動物目的語構文が44例、場所目的語構文が27例観察され、「塗る」と‘spray’の中間的な特徴が示された。日本語と英語、そして3つの動詞でみられる違いに関して、動詞の意味構造から統語構造への写像に焦点を当てて最適性理論の枠組みで説明していく。その中でも、本分析ではHayes (2000)が各制約に対して提唱するStrictness Bandを採用する。そして、このバンドの中で選ばれる地点は移動物の状態と密接に関係していることを提示していく。日本語と英語ともにHEADNESS>>BE (QF), MOVE (QF)というランキングをもつため、入力で特定のパターンが指定されていない限り、原理的には2つの構文は交替が可能である。しかし、動詞によってバンドの中で選ばれる地点が異なるため、移動物目的語構文または場所目的語構文が極めて好まれる、またはある程度好まれるなどの度合いを説明できることを示す(3)。
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Session 2: 14:00〜14:30
賈婉琦(東北大学情報科学研究科大学院生)
「「ちょっと」の文法化と感情的用法の通時的発達について」-
「ちょっと」は本来数量、時間、程度がわずかであることを表すが、日常会話の中で、話者の感情や心理態度を表すための発話行為の力を弱めるために使われる「ちょっと」の例もしばしば観察されている。このような用法はexpressive(感情的、表出的)用法と言われる (Matsumoto (2001)、秋田 (2005)、Sawada (2010))。
(1) ちょっと はさみある?
(行為指示の際の聞き手の負担を軽減する用法)
(2) 今日はちょっと都合が悪くて…
(断定の際の聞き手の負担を軽減する用法)
「中納言」コーパスによれば、「ちょっと」の古い表現である「ちと」にも、感情的用法もあるが、その用法は、1300年代に初出例が現れ、その後、1800年代にかけて急増している (1800年代で「ちょっと」の全用例数に対して40%)。さらに、「少納言」コーパスを参考にすることによって、1970年から2008年までに「ちょっと」の感情的用法が「ちょっと」の全用例数に対して36%から50%まで増大していくこと、および、それによって表される発話行為も多様化しつつあることが分かった。
以上のことから、本発表では、感情的用法の増大は「ちょっと」という語が通時的に文法化を受け、主観化しつつあることを反映していると主張する。
また、本発表では、中国語の「有点」という「ちょっと」の対応語についても扱う。「ちょっと」と「有点」は量の少ないことや、状態の程度の低いことを表す点で共通している。また中国語の「有点」は語気を和らげ、相手を配慮するとの感情的用法もある。しかし、「有点」の感情的用法がもつ発話行為の範囲は日本語「ちょっと」より限られているという事実を示す。
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Session 3: 14:30〜15:00
発表辞退
行場琢人(東北大学情報科学研究科大学院生)
「日本語副詞「全然」の変化に対する統語的分析」-
日本語の副詞「全然」は従来、否定を表す述語とのみ結びつくとされていたが(e.g. 全然おいしくない)、近年肯定を表す述語とも結びつく例が見られるようになっており(e.g. 全然おいしい)、佐野(2012)などではコーパスを用いた調査から「全然+肯定」の形が増加傾向にあることが示されている。この「全然+肯定」という用法に対して、先行研究では主に語用論的な立場からの分析が試みられており、例として有光(2002)では、「全然+肯定」は肯定の形式をとってはいるが、文脈上の前提や期待などを打ち消すという機能を持つことから、従来の「全然」が否定辞と呼応していたのと同じように、「全然+肯定」は否定的文脈と結びついていると論じられている。
本発表では、この「全然+否定」から「全然+肯定」という変化に対して、統語論的立場から説明を試みる。具体的に、「全然+否定」では「全然」は否定極性表現として否定辞や否定語にc-統御される位置に生起するが、「全然+肯定」では文脈やモダリティに関わるようなCP領域の中でも上位の投射の位置に生起するようになったと主張する。また、この分析によって、従来あまり指摘されてこなかった「全然」の主節・従属節での振る舞いの違いが捉えられると論じる。
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休憩: 15:00〜15:15
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Session 4: 15:15〜16:00
金澤俊吾(高知県立大学)
「英語における同族目的語構文の形成過程とその推移について
—live a/an Adj lifeとlead a/an Adj lifeを中心に—」-
本発表では、英語の同族目的語構文の一つである、動詞句live a/an Adj life(以下、LIVE)と、LIVEとほぼ同義とされる動詞句lead a/an Adj life(以下、LEAD)の形成過程とその推移について、通時的視点から考察する。COHA (Corpus of Historical American English)を用いて、各動詞句に生起する形容詞の意味的特徴に注目し、LIVE, LEADに関して、それぞれどの年代で各動詞句が確立され、どの年代で互いに影響を及ぼし、類似する意味を示すに至ったか、その推移を明らかにする。
COHAに収録されている1810年から2009年に見られる、各動詞句の初出年と、用例数、頻度数をそれぞれ調査する。その際、名詞句a lifeを修飾する形容詞の分布に関して、次の4つのパタンに分類する。LIVE, LEADどちらにも生起する形容詞の分布に関して、LEADがLIVEに時間的に先行するパタンと、LIVEがLEADに時間的に先行するパタンに分類する。さらに、LEADのみに生起する形容詞のパタンと、LIVEのみに生起する形容詞のパタンに分類する。これら4つの各パタンには、初出の年代、意味的特徴に関して、一定の規則性が見られる。
先行研究において、同族目的語構文には、形容詞または関係代名詞などの修飾要素が必須であることが指摘されてきた。しかし、LIVEには、修飾要素を伴わないlive a lifeが見られるのに対し、LEADには、修飾要素が必須であり、lead a lifeは見られない。
このことは、LIVEとLEADとの間には意味的類似性は見られるものの、各動詞句の形成過程に違いが見られることを示唆している。本発表では、各動詞句内、a lifeを修飾する形容詞の意味機能には違いがあり、その違いが、各動詞句の形成過程の違いに反映されると主張する。Paradis (2001)による形容詞の意味分類に基づき、LIVEにおける形容詞は、a lifeによって示される時間内の状態や様子を表すのに対し、LEADにおける形容詞は、他の状態との比較によって、a lifeによって示される時間の過ごし方を特徴付けるという点において違いが見られると提案する。また、a lifeを修飾する形容詞に見られる、これらの意味機能の違いは、名詞句a/an Adj lifeと、共起する動詞live, leadとの合成性の違いにも反映されることを示す。
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Session 5: 16:05〜16:50
小川芳樹(東北大学)
「副詞「かなり」を包摂する派生名詞と複合名詞の統語的構文化と共時的制約について」-
句を包摂する派生語や複合語の存在については、影山 (1993)、Kishimoto (2006)、西山 (2015)などの研究がある。また、特定の構文には、本来は句を包摂しなかった派生語や複合語が句を包摂するようになる方向の通時的変化が起こる場合があり、小川 (2016)はこれを「統語的構文化」と呼ぶ。本発表では、これらの先行研究を踏まえて、非主要部が副詞「かなり」に修飾され得る派生名詞と複合名詞に共時的に少なくとも3タイプがあることを指摘し、句の包摂を伴うこれらの語に部分的に共通する統語構造を主張するとともに、歴史コーパス「中納言」等の調査結果に基づき、それらの通時的発達の過程を明らかにする。
まず、「X+家/屋」タイプの派生語(=(1a))では、「かなり」はXのみを修飾し、「巨大/大量+Y」タイプの複合語(=(2a))でも、「かなり」は前項名詞のみを修飾する。このことから、(1a), (2a)は、派生名詞または複合名詞が「かなり」に修飾された名詞句を包摂する(1b), (2b)の内部構造をもつと提案する。
(1) a. 彼は、かなりの野心家/照れ屋だ。
b. [nP [FP かなりiの (=F) [RP野心 [xi MUCH] BE (φ)]] n(=家)]
(2) a. かなりの巨大生物/かなりの大量投与
b. [NP [FP かなりiの (=F) [RP SIZE [xi 巨大] BE (φ)]] N(生物)]
また、(3a-c)では、「高さ/長さ/深さ」などの尺度を表す派生名詞と数量表現または程度表現が併合され、全体で複合名詞的な述部を作っている。
(3) a. あの山は高さ*(3000m)だ。
b. あの山は*(3000mの)高さだ。
c. あの山は*(かなりの)高さだ。 (cf. あの山は(かなり)高い。)
(3)については、まず、(3b)のタイプが(3a)のタイプから「統語的構文化」と述部倒置(cf. den Dikken (2006))によって生じると主張した上で、ここでは(1a),(2a)と違って数量・程度表現が義務的となる事実や、繋辞の「だ/である」が「がある」に変換できる事実に対して、提案する(4a-c)の構造と「形容詞語根+さ」型の派生名詞の段階性(gradability)と最小構造の原理(Minimal Structure Principle, Boskovic´ 1997)に基づく説明を与える。
(4) a. [RP 高さ [3000m MUCH] PLOC(で/φ)]] BE(ある)
b. [FP 3000miの[RP 高さ [xi MUCH] PLOC(で/φ)]] BE(ある)
c. [FP かなりiの[RP 高さ [xi MUCH] PLOC(で/φ)]] BE(ある)
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Session 6: 16:55〜18:05
青木博史(九州大学)(招聘)
「日本語使役文の用法と歴史変化」-
本発表では,述語に助動詞「しむ」「(さ)す」が用いられた文を「使役文」とし,その歴史変化として,2点を示す。 1点目は,古代から中世における「許可」用法の発達,2点目は,近代の欧文翻訳による「非情の使役」の発達である。
現代語の記述の枠組みとしても用いられる「強制」と「許可」の2用法であるが,上代から中古においては「許可」用法は見られない。これが中世において発生・発達する過程を,「尊敬」用法の発生と絡めながら,語用論的観点から説明する。さらに,「てやる/てくれる/てもらう」「てしまう」「ておく」などの補助動詞の発達との関連についても述べる。
「非情の使役」の歴史については以前述べたことがあるが,原動詞の意志性,および名詞句の意味役割の観点から,より精緻な記述を試みる。単に「非情の受身」の裏側の現象として捉えるだけでなく,従来の日本語にも存在した用法,欧文翻訳によって発達した用法,日本語には根付かなかった用法など,細かく観察する。
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8月29日(火)
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Session 1: 10:00〜10:45
三上 傑(東北大学)
「焦点卓越言語の二分類と英語史における統語構造の段階的変化」-
Mikami (to appear)は、Miyagawa (2010, 2017)が提唱するStrong Uniformityと素性継承システムのパラメータ化の枠組みの下、現代日本語が示すTP指定部の位置づけに関する曖昧性に着目し、TP指定部が常に焦点位置として機能する「強い」焦点卓越言語と、焦点要素が生起する場合に限り焦点位置として機能する「弱い」焦点卓越言語の二分類を提案した。そして、その二分類に基づき現代日本語を後者に位置づけた上で、日本語の統語構造が「強い」焦点卓越言語からパラメータ変化したという可能性を提示している。
本発表では、Mikami (to appear)で得られた知見を英語の通時的研究に適用することで、英語史における統語構造の変化過程を精緻化することを試みる。具体的には、これまでの研究により明らかとなっている後期中英語期における焦点卓越言語から主語卓越言語へのパラメータ変化 (cf. 三上 (2017))に先行して、古英語期から中英語期にかけて「強い」焦点卓越言語から「弱い」焦点卓越言語に英語の統語構造も変化したという仮説を提案し、その妥当性を検証する。また、本分析により統語構造の通時的変化に関する日英語間の共通性が明らかとなるが、その理論的意味合いについても考察する。
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Session 2: 10:50〜11:35
杉浦克哉(秋田工業高等専門学校)
「Be + V-ingを用いた現在進行形の歴史的発達について」-
現代英語では進行中の動作や出来事は通常、What are you reading?のようにbe + V-ingを用いて表されるが、初期の英語ではWhat do you laugh, Mrs. Jevis? (1740, Richardson, Palma, Letter xxviii)のようにbe動詞もV-ingも用いず表されることがあった。Be + V-ingを用いて進行中の動作や出来事を表す用法が英語史においていつ確立したかに関し先行研究ではこれまで多くの調査が行われてきたが未だ見解は一致していない。Mustanoja (1960)や中尾 (1972)によればこの用法は15世紀頃、方言やテキストの種類に関係なく一般的になったとされる。それに対し荒木一雄・宇賀治正朋 (1984)は、中英語末期でもその頻度は低く17世紀後半に一般的になったと指摘する。その一方で橋本 (2005)は18世紀においてもWhat do you laugh, Mrs. Jevis?のような単純形を用いて進行中の動作や出来事を表す用法が観察されることを指摘し、be + V-ingを用いた進行形が義務的になったのは1800年頃であると主張する。本発表ではヘルシンキコーパスを用いた調査に基づき近代英語期における進行形用法の実態を明らかにする。具体的には、現代英語ではbe + V-ingを用いた進行形が義務的な状況で、単純形が使用されている用例を調査しその分布を示す。調査結果に基づきbe + V-ingを用いた進行形が義務的になった時期を明らかにする。
参考文献
荒木一雄・宇賀治正朋 (1984) 『英語史III A』, 大修館, 東京.
橋本功 (2005) 『英語史入門』, 慶應義塾大学出版会, 東京.
Mustanoja, Tauno F (2016) A Middle English Syntax: Part of Speech, John Benjamis, Amsterdam.
中尾俊夫 (1972) 『英語史II』, 大修館, 東京.
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昼食休憩: 11:35〜12:30
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Session 3: 12:30〜13:15
杉崎鉱司(関西学院大学)
「動詞句削除に対する認可条件の獲得と普遍文法」-
動詞句削除がどのような統語的環境で可能となるかについては、これまでの理論研究において、2つの主要な提案がなされている。Lobeck (1990)やSaito & Murasugi (1990)によれば、動詞句削除が可能となるためには、Tの指定部が名詞句によって埋められており、かつTがその名詞句と「一致」していることが必要である。一方、より最近の研究であるRichards (2003)やSaito (2015)は、「一致」の必要性を排除し、Tの指定部が埋まってさえいれば動詞句削除が可能となると提案する。本研究は、英語を獲得中の幼児の自然発話を詳細に分析することを通して、動詞句削除を司る普遍的制約の本質に迫ることを目的とする。具体的には、英語を母語とする幼児が否定文においては助動詞doの「一致」に関する誤りを示すのに対し、動詞句削除を含む文ではこのような誤りを示さないことを明らかにし、その観察に基づいて、Lobeck (1990)やSaito & Murasugi (1990)が提案するように、動詞句削除に対する認可条件には「一致」の要求が含まれていることを主張する。(黒上久生氏との共同研究)
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Session 4: 13:20〜13:35
小川芳樹(東北大学)
「明治時代以降の出版物に含まれるガ/ノ交替の頻度の通時変化と共時的変異の様相
?ジャンル・出版年・著者生年・性別・出身地別の分類結果が示すもの?」-
本発表では、筆者が1890年代から2016年までの間に初版が刊行された「新書」「小説」「自伝・伝記」という3つのジャンルの出版物のべ100冊程度、計900万字程度の中から収集した「ガ/ノ交替」による属格主語の事例8700例余りを、属格主語の生起頻度、過去時制述部との共起、主語と述部の間に介在する副詞等との共起、状態述部との共起、属性叙述文との共起、コピュラ文との共起、受動態との共起、形式名詞との共起という8項目に関して分類・集計した結果を紹介する。
具体的には、まず、小川 (2016)が「小説」のみを対象として行った調査の結果と同様の通時的変化の傾向が「新書」「自伝・伝記」にも見られただけでなく、いくつかの項目については、ジャンルごとの差異も観察された。一方で、刊行物の著者の性別や、著者の出身地が関東圏か地方かの区別に基づく明瞭な差異は確認できなかった。
また、「ガ/ノ交替」の生起頻度の通時的変化の様相についての記述は、刊行物の著者の生年に基づく分類と、刊行物の出版年に基づく分類では、その内容が若干異なったものになることを示す。
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Session 5: 13:35〜14:20
新国佳祐・小川芳樹・和田裕一(東北大学)
「ガ/ノ交替の容認性世代間差から見る進行中の構造変化
?所有形容詞文と属性叙述文とコピュラ文に着目して?」-
ガ/ノ交替にかかわる言語変化は最近100年程度の比較的短いスパンで観察することができるが(南部, 2014)、その変化が現在でも進行中であるかどうか、進行中であるならばその様相はどのようなものかについては議論の余地がある。
小川 (2016)、新国・和田・小川 (2017) では、ガ/ノ交替について現在も進行中の変化があり、その変化は、機能範疇Dと併合される、属格主語を含む名詞修飾節の統語構造のサイズが、もともとはCPであったものが、TP、vPへと縮小し、VPまたはAPという語彙範疇のみの最小サイズへと至る統語変化であり、現在生存する日本語母語話者の中でも、より若い世代ほどより小さい統語構造をもつと主張している。この主張が正しいならば、属格主語が焦点の解釈を受けるためにCPの投射が必要な(1a)のコピュラ文(cf. Rizzi, 1997)、属格主語が個体レベル述部の主語であるためにTPの投射は必要だがCPの投射は不要な(2a)の属性叙述文(cf. Diesing, 1992、影山 2012)、属格主語が関係節主要部と所有関係を持つ譲渡不可能所有名詞であるためにVP/APの投射がありさえすればよい(3a)の所有形容詞文の3タイプについて、それぞれ、(4a-c)の予測が成り立つ。
(1) a. 父親が/の大音楽家である物理学者(cf. Harada, 1971)
b. [DP [NP [CP[proi父親]の大音楽家である] 物理学者i] D]
(2) a. 夕焼けが/の赤いことは,考えてみると不思議である。
b. [DP [NP [TP夕焼けiの [VP PROi [AP 赤い]]] こと] D]
(3) a. 体が/の細い人は,格闘技に向かない。
b. [DP [NP [AP [proi 体]の 細い]] 人i] D]
(4) a. (1a)タイプの属格主語文は、すべての世代の話者が容認性を低く判断する。
b. (1b)タイプの属格主語文は、若い世代の話者ほど容認性を低く判断する。
c. (1c)タイプの属格主語文は、すべての世代の話者が容認性を高く判断する。
本発表では、3つの異なる年齢群(65-74歳群,45-54歳群,25-34歳群)に属する日本語(東京方言)母語話者計540名を対象として行った容認性判断質問調査の結果を報告する。3(年齢群)× 3(文タイプ)× 2(主語:ガ/ノ)の要因計画にて行われたこの調査の結果は、(4a-c)の予測と概ね整合するものであった。
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Session 6: 14:25〜15:10
長野明子(東北大学)
「福岡県におけるアスペクト形式トーの「進行」解釈について」-
日本語学の研究で知られているように、西日本の方言の多くは、東京方言のテイルに対応するアスペクト形式として、ヨルとトルの2つをもつ。ヨルは連用形+存在動詞オルに由来するのに対し、トルはテ形+オルに由来する (青木 2010: 3章)。基本用法は、以下のように、ヨルが英語の進行形に対応するのに対し、トルは完了形に対応する。
英語 西日本方言
現在進行形 It is snowing. 雪が降りよる
現在完了形 It has snowed. 雪が降っとる (沖 2016: 175)
本発表では、2017年1月・2月・7月に福岡県シルバー人材センターの会員 (60才以上) 計25名に対して行った対面聞き取り調査の結果をもとに、福岡県のトー形の曖昧性の実態について検討する。トー形も基本的に完了形だが、「進行」の解釈でも使えるという観察、例えば、「雪がふっとー」は「雪がふりよー」と同じ意味で使われるという観察が、文献でなされてきた。「進行のトー」について調べた結果、次のことがわかった。- インフォーマントは、活動動詞にのみ「進行のトー」を許すグループ1と、達成動詞にまで許すグループ2にわかれる。
- 両グループとも、到達動詞のトー形は完了解釈のみ。近接未来の解釈はない。
- 活動動詞の「進行のトー」について、グループ1は対応するヨー形との間に意味の違いがあると主張。一方、グループ2はそのような違いが感じられないという。
- 2グループの区分は、年齢より、言語形成期 (小林・篠崎 2007: 74) を過ごした地理区画に対応する。
この結果から、グループ1の「進行のトー」は、 完了形のもつ論理的含意 (加賀・大橋 2017) によるものであると論じる。英語の完了形にも「完了」だけでなく「継続」といわれる用法があるが、それに対応する読みを行っていると考えられる。他方、グループ2の「進行のトー」については、現在でも特定環境で使われる「動詞テ形+存在動詞オル」構文に分析の糸口を求める。
参考文献
青木博史 (2010) 『語形成から見た日本語文法史』ひつじ書房、東京.
沖裕子 (2016) 「第17章 テンス・アスペクト表現」、井上・木部 (編)『はじめて学ぶ方言学』、
pp. 174-184、ミネルヴァ書房、東京.
加賀信宏・大橋一人 (編) (2017)『授業力アップのための一歩進んだ英文法』開拓社、東京.
小林隆・篠崎晃一 (編) (2005)『ガイドブック方言調査』ひつじ書房、東京.
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Session 7: 15:15〜16:00
菊地 朗(東北大学)
「ゼロ代名詞がかかわる固定表現:談話標識と比較形態素用法の『より』を中心に」-
日本語はゼロ代名詞を許す言語であるが、名詞句であるならばすべてゼロ代名詞で置き換えられるわけではなく、格助詞・後置詞を残留させる形式ではゼロ代名詞は生起できない(そこから来た / *proから来た)。しかしながら、談話標識として固定化した表現では、この一般化に反していると考えることができる表現が多数ある(それにもかかわらず / proにもかかわらず)。Onodera (2001)は、主に「(そう)だけれど」などの形式についてではあるが、このような談話標識が大正期を前後して発生したと報告している。本発表では、まず、「にもかかわらず」などの談話標識が、現代日本語でも(命題を先行詞とする)ゼロ代名詞を伴った表現であり、[proにもかかわらず]の構造を持つことを示し、次に、この表現の発生と定着のプロセスについて、ほぼ同じ時期に発生したと思われる、Sawada (2013)が指摘している比較形態素としての「より」(より速く、より強く)の用法の発生と定着のプロセスとの関係を探りたい。
参考文献
Onodera, Noriko O. (2001) Japanese Discourse Markers: Synchronic and Diachronic Analysis,
John Benjamins, Amsterdam.
Sawada, Osamu (2013) “The comparative morpheme in Modern Japanese: looking at the core form
‘outside,’” in Journal of East Asian Linguistics 22, 217-260.
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ワークショッププログラム05
東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第5回ワークショップ
2019年3月21日(木)〜3月22日(金)
会場:東北大学大学院情報科学研究科棟 2階中講義室
会場へのアクセスはこちらをご覧ください
3月21日(木)
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趣旨説明:13:00〜13:10
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Session 1:13:10〜13:50
秋本隆之(工学院大学)
「内部移動を表す複合動詞「V+込む」の多層PP分析」-
影山(1993)以来、日本語複合動詞は、生成文法の様々な枠組みから研究が蓄積されているトピックの一つであり(Matsumoto 1996;Nishiyama 1998;Saito 2014;由本 2005など)、近年では、V2の機能範疇への文法化・助動詞化という観点から複合動詞の統語構造を明らかにする試みがなされている(Fukuda 2012;Nishiyama & Ogawa 2014など)。本発表では、複合動詞の統語分析のなかでも、これまで積極的な提案がなされてこなかった(内部)移動を表す複合動詞「V+込む」(移動型「V+込む」)を扱う(cf. Hasegawa 2000)。まず、移動型「V+込む」が(a)「V+出す・去る」複合動詞とともに、他動性調和の原則に従わずあらゆるV1と共起可能である、(b)V1の項ではない着点を項に取る、(c)V1が自動詞の場合は一貫して非対格動詞として振舞う(影山1993;松本2008)、といった文法特性を持つことを概観し、多層 PP分析(Svenonius 2007, 2010など)を用いた移動型「V+込む」の統語構造を提案する。具体的には、(1)の構造を提案し、V2「込む」はFigureを導入するp主要部に文法化していると主張する。
(1) … [AspP [vP [pP DP(Figure) [PathP [PlaceP DP(Ground) Place] Path] p (kom)] v (V1)] Asp] …
本発表では、(1)の構造から移動型「V+込む」の諸特性が説明されることを論じ、V1の自他交替の具現について検討する。さらに、本提案から日本語における後置詞「ニ・ヘ・デ」の具現や、「V+出す」型複合動詞の統語構造への敷衍を試みる。
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Session 2: 14:05〜14:45
縄田裕幸(島根大学)
「something型複合不定代名詞の成立に関する一考察」-
英語にはsomething, anybody, nowhereなどの数量表現を含む不定代名詞が存在する。これらは現代英語では語として扱われるが,もともとは「数量詞+不定名詞」からなる句であった。中英語期には数量詞と不定名詞を分離したsome thing, 両者をハイフンでつないだsome-thing, 複合語として綴ったsomethingのいずれもが用いられていたが,次第に複合語綴りが優勢になっていった。本発表では,史的コーパスの調査によって個々の不定代名詞の再分析が生じた時期を探るとともに,その変化が生じたメカニズムを説明することを試みる。
その際に注目するのが,不定代名詞と限定用法形容詞の語順である。現代英語では限定形容詞は通例名詞を前置修飾するが,something型不定代名詞に対しては後置修飾語順が用いられる。したがって,(1a-b)の対比が生じる。
(1)
a. some beautiful thing
b. something beautiful
しかし,初期英語では(2)のように句としてのsome thingに形容詞が後置されている例が散見される。
(2)
… as thei ben to sekinge sum thing certeynere.
as they are to seek some thing certain
(c1384 Wycliffite Bible(1) (Dc 369(2)))
本発表の分析を通して,不定代名詞の再分析において(2)の語順が果たした役割を考察するとともに,現代英語において (1b)の後置修飾語順が例外的に用いられる理由を明らかにする。
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Session 3: 14:50〜15:30
石崎保明(南山大学)
「通時的視点から見た英語の所格交替について」-
よく知られるように,英語には,所格交替(locative alternation)とよばれる現象がある。
(1)
a. John loaded the truck with hay. [場所目的語構文]
b. John loaded hay onto the truck. [物財目的語構文]
この所格交替は,長い間さまざまな理論的枠組みで議論されており,英語を含む現在話されている言語に関していえば,すでに膨大な研究の蓄積がある。しかしながら,英語の所格交替に関わる2つの構文の歴史的発達が議論されることはこれまでにはなかった。本発表では,所格交替を許す代表的な動詞であるload,smear,sprayを取り上げ,これらの動詞を含む(1)に示される2つの構文の歴史的発達を提示し,Goldberg(1995, 2006)における構文文法やTraugott and Trousdale(2013)における通時的構文文法理論を念頭に置きながら,所格交替にかかわる構文(変)化の実態を議論する。具体的には,後期近代英語期の言語資料を収めたCLMET(The Corpus of Late Modern English Texts, ver. 3.1)の調査に基づき,(i)動作主を主語とした定形動詞として用いるこれら2つの構文が用いられる前の段階では「ある物財がある場所に置かれている・付着する・噴霧されている状態」を描写する用例が多かったこと,(ii)後期近代英語期においては,動詞の種類にかかわらず[場所目的語構文]が優勢であり,[物財目的語構文] はほとんど使われていなかったこと,および,(iii)いずれの構文においてもloadの頻度が高く,その後smear,sprayの順で構文ネットワークに位置づけられるようになったこと,などを指摘する。
References(selected)
CLMET (The Corpus of Late Modern English Texts)
(https://perswww.kuleuven.be/~u0044428/clmet.htm)
Goldberg, Adele E. (1995) Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure, University of Chicago Press, Chicago.
Goldberg, Adele E. (2006) Constructions at Work: The Nature of Generalization in Language, Oxford University Press, Oxford.
Traugott and Trousdale(2013)Constructionalization and Constructional Changes, Oxford University Press, Oxford.
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Session 4: 16:10〜16:50
新国佳祐・和田裕一・小川芳樹(東北大学)
「形式名詞の文法化と属格主語について」-
日本語の「主格属格交替」は、名詞を修飾する節内の主格主語が属格主語と交替する現象であるが、現代語では、すべての名詞がこれを等しく認可できるわけではない。まず、関係節と形式名詞節では、その中での属格主語の生起頻度が過去100年間で逆転したことを示すデータが、Ogawa (2018)で提出されている。また、形式名詞節の中でも、例えば、多くの母語話者にとって、(1a)の属格主語は(1b)の属格主語よりも容認性が低く、中には、(1b)を容認しない母語話者もいることであろう。
(1)
a. あの公園には太郎{が/*の}いるはずだ。
b. あの公園に太郎{が/??の}いるはずがない。
本発表では、形式名詞「はず」の文法化についての小菅・小川 (2015)の主張と、Kishimoto and Booij (2014)による「N(+が)+ない」型形容詞の3分類を踏まえて、形式名詞節内の属格主語について、以下の3点を主張する。
(2)
a. 「はずだ」の「はず」は、文法化の結果として、現代語ではCP領域の機能範疇に変化し、名詞素性を完全に失っているため、属格を認可しない。
b. 「はずがない」の「はず」は、比較的高齢の世代において、名詞化辞(nominalizer)としての性質が保持されているものの、より若い世代ほど、Class IからClass IIへの変化(後続の「ない」との一語化)が進行中であり、これに伴って、属格主語を認可する名詞素性を失いつつある。
c. 「はず」以外の形式名詞についても、それ自身がCPの一部に文法化するか、または、CPを補部に取る構造に変化することで、属格主語を認可できなくなりつつある。
このうち、(2a,b)については、400名の母語話者を対象とする大規模Web質問調査の結果 (cf. 新国・和田・小川 2017)に基づき、その妥当性を検証する。(2c)については、「日本語歴史コーパス」と「現代日本語書き言葉均衡コーパス」の検索結果に基づき、これを裏付ける。
参考文献:
小菅智也・小川芳樹 (2015)「形式名詞補部に生じる属格主語に関する統語論的考察」,日本言語学会第151回大会口頭発表,名古屋大学.
Kishimoto, Hideki and Geert Booij (2014) “Complex Negative Adjectives in Japanese: The Relation between Syntactic and Morphological Constructions,” Word Structure 7, 55-87.
新国佳祐・和田裕一・小川芳樹 (2017) 「容認性の世代間差が示す言語変化の様相:主格属格交替の場合」『認知科学』 24, 395‒409.
Ogawa, Yoshiki (2018) “Diachronic Syntactic Change and Language Acquisition: A View from Nominative/Genitive Conversion in Japanese,” Interdisciplinary Information Sciences 24(2), 91-179.
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Guest Lecture: 17:05〜18:05
岸本秀樹(神戸大学)
「複雑動詞構文のV2の脱語彙化について」-
文法化においては,さまざまな変化が起こるが,その中には語彙範疇から機能範疇への変化が含まれる.本論では,日本語の「動詞+動詞」の連鎖をもつ複雑述語のV2に,この変化を起こしたものが見つかることを示す.この文法化のプロセスは「脱語彙化(delexicalization)」の一種で,「動詞+動詞」の複雑述語で起こる変化は,動詞の範疇としての特性を保持したまま起こる動詞の機能語への変化であると考えられる.動詞の文法化については,意味的な観点からの示唆はしばしば見られるが,意味的な尺度だけでは必ずしもこの脱語彙化は検証できない.動詞の脱語彙化に関するテストとしては,可能動詞の埋め込みが有効であることを論じる.可能動詞は,生起できる統語環境には制限がある.通常,可能動詞を他の動詞の下に埋め込むことができないが,複合動詞構文や補助動詞構文の複雑述語の中にはこのような埋め込みを許すものが存在し,そのような可能動詞の埋め込を許すV2に脱語彙化が起こっていることを示す.
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3月21日(金)
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Session 1: 10:00〜10:40
都築雅子(中京大学)
「結果構文の強意読みに関する一考察」-
(1)の結果構文は「動詞の表す行為/過程の結果、主語/目的語名詞句のジョンが死んだ」という意味になる。
(1)
a. John bled to death.
b. Mary stabbed John to death.
c. John drank himself to death.
一方、同じto deathによる結果構文であっても、(2)のto deathは動詞の表す行為の程度の甚だしさを強調し、「死ぬほど」という強意副詞的な解釈になる。
(2)
a. John laughed himself to death.
b. John was freezing to death at the bus stop.
c. John was being beaten to death by his wife last night.
d. Mary was worried to death.
e. They worked us to death.
f. ?I drank myself to death last night.
例えば(2a)は「ジョンは死ぬほど笑いこけた」という意味になる。
本発表では、結果構文に強意読みが生じるメカニズムを明らかにしたうえで、特にto deathによる結果構文に焦点を当て、コーパスデータを詳細に考察することにより、to deathによる結果構文の強意読みの派生には、動詞の語彙特性、進行形などの文法手段、語用論原則など、さまざまな要素が絡んでいることを示していきたい。また、(3)のような結果構文の強意読みの慣用表現についても言及する。
(3)
a. Felon might beat the hell out of Spooky, but he would probably let him keep his life. (COCA 2006: FIC)
b. They're trying to scare the hell out of them - their intent is to force employers to police themselves. (COCA 2008: NEWS)
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Session 2: 10:55〜11:35
菊地朗(東北大学)
「動詞を欠くwh-ever譲歩節:その生起条件と変異について」-
wh-everの形式を持つ自由関係節は、名詞句としての用法と譲歩の副詞節としての用法を持つが、関係節の内部で主動詞(主にコピュラ)が欠けたWhatever the reason, he is not free from guilty.のような形式は譲歩副詞節でしか用いられない。
この、動詞を欠いた形式の譲歩構文についてはCulicover (1999)が成立条件についての特徴づけを行い、Oppliger (2018)が本構文の特徴についてのより詳細な事実観察を行っており、両者とも、本構文を構文イディオムとみなし、基本的に、構文文法的な記述を行っている。この構文が特殊な性質を持つことは否定できないが、そもそも、なぜこのような構文が生起できるのかについて、両研究とも満足のいく説明を与えているようには思えない。
この発表では、イディオマティックな特殊構文といえども、その成立には一般的・普遍的文法原則の裏付けが必要であり、その上で歴史変化的、文体・レジスター的な要因が加わって特殊性が生じるという観点から、この構文についての分析を行う。具体的には、本構文は独立分詞構文を生起させているものと同じ原理により生起可能となっているものの、史的要因やレジスター要因が加わって特殊な制約が生じていると論じたい。
Culicover, P. (1999) Syntactic Nuts, Oxford UP., New York.
Oppliger, R. (2018) “Whatever the specific circumstances, …: A construction grammar perspective of wh-ever clauses in English,” in E. Seoane et al. eds. Subordination in English: Synchronic and Diachronic Perspectives. Walter de Gruyter, Berlin.
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Session 3: 12:50〜13:30
茨木正志郎(関西学院大学)
「英語史における後置属格の出現について」-
現代英語には後置属格(あるいは二重属格)と呼ばれる構造が存在する(例:a friend of mine)。この構造は中英語には既に存在したと言われているが、Gaaf (1927)や中尾 (1972)、Allen (2002)などは異なる出現時期を主張しており、意見は一致していない。また、この構造の起源についてもいくつかの説があり、定説は無いようである。本発表では、歴史コーパスを用いて、これらの点を明らかにすることを目的としている。まず、後置属格の出現時期については、コーパスより得られたデータに基づき、14世紀中頃に出現したと主張する。後置属格の起源については、Heltveit (1969)やFischer (1992)らに従って、二重決定詞(例:a his friend)の消失との関係から説明を試みる。具体的には、初期中英語まで所有代名詞は形容詞に近い振る舞いをしていたが、次第に限定性を強め決定詞類と名詞前位位置で共起できなくなることで二重決定詞が消失し、その結果、所有代名詞が名詞に後続する構造が出現したと主張する。
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Session 4: 13:45〜14:25
小菅智也(秋田工業高等専門学校)
「日本語の「V1+て+来る」形式の通時的統語論」-
本発表では日本語の「V1+て+V2」形式におけるV2 の意味の多様性について論じる。当該形式のV2 位置に「ある、いる、おく、しまう、もらう、あげる、みる、いく、くる」などの動詞が生じると、本動詞としての解釈のほか、アスペクトの機能を持つ場合が生じる。V2 の意味の多様性は、Shibatani (2007) に見られるように、文法化の観点から様々に論じられているが、通時的な観点からの分析はあまりされてこなかったように思われる。そこで、本発表では当該形式の通時的な意味変化の過程を明らかにし、その変化に対し生成文法統語論的な説明を与えることを試みる。ここでは特に「V1+て+来る」形式を中心的に取り扱う。
本発表ではまず、「日本語歴史コーパス」を用い、当該形式の通時的な意味変化の過程を明らかにする。具体的には、元来V2位置の「来る」は移動を表す意味しか持たなかったが、10世紀頃からその用法を拡張していったことを示す。次に、コーパス調査で観察された通時的な意味変化に対して統語論的な説明を与える。ここでは、Upward Reanalysis (Roberts and Roussou (2003)) により、V 主要部であった「来る」がAsp 主要部に変化したと主張する。
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Session 5: 14:40〜15:20
小川芳樹(東北大学)
「「Xは高い」と「Xは高さがある」の比較から見た度量表現と程度表現の統語構造」-
本発表では、「高さ/長さ/深さ」のような尺度名詞と繋辞「ある」からなる「Xは[尺度名詞]がある」型構文(以下、アル型尺度名詞構文)の通時的発達の過程と共時的な共起制限をコーパスで詳細に調査した上で、この構文には、(1)のような「アル型絶対尺度名詞構文」と(2)のような「アル型相対尺度名詞構文」の2種類が存在すると主張する。その上で、小川 (2019)の主張に基づき、両構文について、主述関係を担うRP(den Dikken 2006)を含むvPの中で度量句(measure phrase; MP)を認可する構造(3a)と、vPの上で程度句(degree phrase; DegP)を認可する構造(3b)を提案し、日本語の両構文と「Xは高い」型の形容詞述語文(ここにも、「Xは高くもある」のように「ある」は生じ得る; Nishiyama (1999))の構造(3c)との違いや、(1),(2)とそれらに対応する英語の構文の間の差異についても、その統語的説明の方法を探る。
(1)
a. この壁は高さが10mある。 (= この壁は高さが10mだ; ≠この壁は10m高い)
b. この壁は10mの高さがある。 (≠この壁は10m高さがある)
(2)
a. この壁は高さがかなりある。 (cf. *この壁は高さがかなりだ)
b. この壁はかなりの高さがある。 (= この壁はかなり高さがある)
c. この壁はとても高さがある。 (cf. *この壁は高さがとてもある)
d. この壁は高さがある(ので、よじ登ることはできない)。
(3)
a. [TP Xは [vP [FP [MP 10m] [F(の)[RP [nP 高さ] [RP [MP 10m] R] F]] v(ある)] T]
b. [TP Xは [DegP [DegP かなり/φ/とても/10m] [vP [[DegP かなり/φ] [F(の) [RP [nP 高さ] [[DegP かなり/φ] R]] F]] v(ある)] Deg]] T]
c. [TP Xは [DegP [DegP 10m] [vP [RP [nP 高さ] [√A 高] R(く/φ)]] v(ある/φ)] Deg] T(φ/い/た)]
参考文献:
Den Dikken, Marcel (2006) Relators and Linkers: The Syntax of Predication, Predicate Inversion, and Copulas, MIT Press, Cambridge, MA.
Nishiyama, Kunio (1999) “Adjectives and the Copulas in Japanese,” Journal of East Asian Linguistics 8, 183-222.
小川芳樹 (2019)「日英語の名詞的繋辞構文の通時的変化と共時的変異」, 岸本秀樹・影山太郎(編)『レキシコン研究の新たなアプローチ』, 81-111, くろしお出版.
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