ワークショッププログラム01
東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第1回ワークショップ
「コーパスからわかる言語変化と言語理論」
2014年9月8日(月)〜9月9日(火)
会場:東北大学大学院情報科学研究科棟 2階中講義室
9月8日(月)
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趣旨説明:13:00〜13:10
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Session 1:13:10〜13:50
小川芳樹(東北大学)
「複合語形成における合成性と構文化:幼児の発話データからの考察」-
Snyder (2001)は、英語習得過程の幼児が動詞小辞構文と合成的N-N複合語を最初に発話する年齢に関して統計学的に有意な相関があることなどを示した上で、両構文は、名詞と名詞・動詞と小辞の統語部門での複合によって派生されると論じている。
Ogawa (2014)は、COHAの調査をもとに、hydrophobiaなどの語幹どうしの結合から成るneoclassical compound (Bauer (1983))は、通時的脱形態化の結果としてphobiaのような自立語の用法を確立させた後でdog phobiaのような自立語の結合による合成的N-N複合語を発達させることと、dog phobiaタイプのN-N複合語は語の特徴だけでなく名詞句の特徴ももつことを示した上で、このような現象を「統語的構文化」と呼んだ。
これらの先行研究を踏まえて、本発表においてはまず、日本語習得過程の幼児のN-N複合語の月毎の発話数と、形容詞付き名詞句、名詞句内での「の」の過剰生成、「N+する」型複合動詞、「V+て+V」型複雑述部の月毎の発話数の間に有意な相関があることを示し、Snyder (2001)の主張が日本語のN-N複合語と複雑述部の生成メカニズムにも当てはまると主張する。第二に、日本語習得過程の幼児の発話の中で、名詞句の特徴をもつN-N複合語が出現する年齢と、N-N複合語の発話総数に占める合成的N-N複合語の割合がピークに達する年齢が一致するなどの事実から、歴史的言語変化の過程のみならず幼児の言語習得の過程にも「統語的構文化」が見られると主張する。
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Session 2: 13:55〜14:45
深谷修代(津田塾大学)
「子どものwh疑問文から探る空助動詞について」-
Guasti (2000)らによると、英語を母語とする子どもが発話する助動詞欠如wh疑問文(Wh-S-V)は、空助動詞が関与している。この仮定に基づくと、大人の文法と子どもの文法は構造的に極めて類似しているとみなすことができる。さらに、主語欠如wh疑問文は一切観察されないと予測できる。しかしながら、CHILDESコーパスを調べた結果、2歳半ば頃の短期間に主語欠如wh疑問文が発話されることがわかった。
子どもはどのような構造を持ち、どのような過程を経て大人の文法に到達するのだろうか。本研究発表では、wh疑問文の発達を最適性理論の枠組みで分析し、第1段階ではVPの構造を持つ候補が最適な候補として選ばれることを示す。そのため、空助動詞を伴った候補はEVALで排除される。第2段階になると、同じ集合にある制約が再ランキングされ、IPの構造を持つ候補が選ばれる。このように、最適性理論を用いると、言語発達を一貫して説明できることを提示する。
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Session 3: 14:50〜15:30
小菅智也(東北大学大学院)
「日本語の「V+て+V」形式の通時的発達に関する一考察」-
本発表では日本語の「V1+て+V2」の形式について論じる。「ある、いる、いく、やる、もらう、くれる、おく、しまう」などの動詞が、「V1+て」に後接すると、本動詞用法と同様の意味を持つ場合や、アスペクトとして振る舞う場合などがあり、その解釈は多様である。この多義性については、吉田 (2012) のように、上述した動詞群が「V1+て」に後接することで文法化が生じた結果であるとする立場と、Nakatani (2013) のように、「V+て+V」の多義性は文法化とは無関係であるとする立場がある。
本発表では、日本語歴史コーパスから、「V1+て+V2」のV2が当該用法の初出時期において既にアスペクト化している例を示し、V2のアスペクト化が、「V1+て+V2」という特定の環境下のみにおいて生じるのではなく、V-V複合語など、他の環境内である程度文法化したV2 が「V1+て+V2」内に生じ、さらなる文法化が起こり、アスペクト化する場合があることを主張する。
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金澤俊吾(高知県立大学)
「英語の名詞句における修飾関係の多様性とその変遷について」-
英語において、形容詞が、a cup/glass of Nに代表される助数詞(partitive)を伴う名詞句を修飾する際、様々な修飾関係がみられる。例えば、Quirk et al. (1985: 251)が指摘するように、hotは、a cup of teaを修飾する際には、cup, teaそれぞれを修飾できる(ex. a hot cup of tea/a cup of hot tea)。その一方、コーパスを用いて調べてみると、quickは、cup(またはglass)を修飾する場合にのみ容認される(ex. a quick cup of coffee/*a cup of quick coffee)。また、形容詞によっては、飲み物を表す名詞のみを修飾する場合もある(ex.*a fresh-brewed cup of coffee/a cup of fresh-brewed coffee)。
本発表では、コーパスから得られる言語資料を用いて、形容詞と、助数詞を伴う名詞句との間にみられる多様な修飾関係を通時的に検証する。とりわけ、形容詞と当該名詞句との間にみられる意味的関係に関して年代毎にその変遷について検証する。その上で、現在みられる多様な修飾関係は、同時に発生したものではないということ、また、それぞれの修飾関係は意味的に相互に関係づけられているということをそれぞれ示す。
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Guest Lecture: 16:40〜17:50
堀田隆一(中央大学)
「言語変化研究における歴史コーパス-その可能性と課題-」-
言語史や歴史言語学の研究、とりわけ言語変化の研究において、近年、コーパスの利用は当然視されるようになってきた。英語史の分野でも、歴史英語コーパスの発展により研究の仕方や事実の提示の仕方は大きく変わってきている。言語変化の研究におけるこの潮流を最大限に活かすためには、コーパス利用の長所と短所について理解しておく必要がある。長所としては速度と正確さ、頻度情報の取得、各種統計手法との親和性などが挙げられ、短所としては代表性の問題やコーパスでできる研究しかしない(できない)問題などが指摘される。しかし、長所が必ずしも最大限に利用されているわけではないように思われるし、短所をいかに克服することができるかについての具体的な議論も少ない。本講演では、講演者がこれまで英語の言語変化について歴史コーパスを利用して行ってきたいくつかの調査を紹介しながら、コーパス利用研究の可能性と課題について議論したい。
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9月9日(火)
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Session 1: 10:00〜10:50
柳朋宏(中部大学)
「英語史における数量詞 each の遊離性について」-
本発表の目的は英語の歴史?特に古英語・中英語?において数量詞 each がどのような分布を示し、その分布がどのように変化したのかを、歴史コーパスから得られた用例に基づいて分析することである。数量詞 each には単数形の名詞が後続する場合と複数形の名詞が後続する場合とがあった。前者の場合は each と名詞は格が一致するが後者の場合は each と名詞の間に格の一致はなく後続する名詞は属格もしくは of 属格であった。また each が名詞に後続する場合は稀であった。一方同じ数量詞である all, both はそれらが修飾する名詞・代名詞と数・格において一致した。また all, both は名詞には先行するが代名詞には後続する傾向にあった。さらに each は all, both とは異なる遊離性を示していた。こうした数量詞間の違いは each を含む名詞句構造と all, both を含む名詞句構造との違いに起因すると主張する。また each の遊離性と each other の発達についても触れる予定である。
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Session 2: 10:55〜11:45
西山國雄(茨城大学)
「ラマホロト語の所有名詞句の通時と共時」-
本発表は東インドネシアで話されているラマホロト語(オーストロネシア語族)の所有名詞句を、通時的視点と共時時的視点から分析する。文と名詞句は平行的な構造を持つという仮説の下、文レベルにおけるオーストロネシアの統語変化、つまり動詞上昇の喪失が、名詞レベルでは名詞上昇の喪失として起こったと仮定する。これにより西インドネシアの言語はpossessed-possessorの語順なのに対し、ラマホロト語を含む東インドネシアの言語はpossessor-possessedと逆の語順になることが説明される。ラマホロト語ではpossessed-possessorの順序も可能だが、これはフォーカス移動を含むと分析される。他の移動として所有上昇があるが、この動機付けとして周辺のパプア言語との接触が示唆される。そして言語接触の影響を考慮した代案では名詞上昇の喪失を仮定しない。語族内での文レベルの統語変化の平行性と言語接触のどちらを重視した仮説が望ましいかを最後に検討する。
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Session 3: 13:00〜13:40
菊地朗(東北大学)
「日本語比較構文における形式名詞の無音声化について」-
言語の通時的変化には一定の方向性が見出されることが指摘されてきており、それは「文法化」研究のアプローチにおいて、「一方向性の仮説」として論じられてきている。概略、言語変化において、語彙範疇に属する内容語が(i)意味が漂白され、(ii)使用文脈の拡張し、(iii)本来の形態統語的性質を失い、機能語化し、(iv)音声的に弱化していくというプロセスが通言語的に観察されるという主張である。本発表では、比較を行う文脈で「AよりBのが好き」(Bのほうが好き、の意味で)といった表現が存在し、かつ増えてきていることを、特定の言語使用域にて収集した言語資料に基づいて明らかにし、この表現における「の」の用法が従来の研究で指摘、分析されてきている種々の用法とは異なり、「〜のほう」からの名詞「ほう」の省略(無音声化)によるものと分析すべきであることを論じる。「ほう」は元々は空間的方向を表す内容語であるが、その用法を保持しつつも、意味が漂白され形式名詞化した用法も生れたと考えられる。本発表の主張が正しいとすると、さらにその一部の用法が無音声化していることになり、(iii)から(iv)のプロセスが生じていることになり「一方向性仮説」を支持するものと言える。
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ession 4: 13:45〜14:35
縄田裕幸(島根大学)
「英語における主語位置の通時的変遷:下方推移分析」-
本発表では、中英語から近代英語にかけて主語位置がどのように推移したかを通時的コーパスの調査により明らかにするとともに、近年の極小主義の理論的枠組みに基づいて分析を行う。具体的には、初期中英語において2つの統語的位置が主語の情報ステイタスによって使い分けられていたのに対して後期中英語でそのような機能的役割分担が消失し、さらに近代英語期には主語を認可する統語的位置が1つに収束したと論じる。この一連の変化は、Nawata (2009) で提案されている一致素性の分布に関するパラメター変化-異なる機能範疇主要部を占めていた数と人称の一致素性が下方推移しながら統合されていった-から予測されるものであり、主語は一致素性とともに文構造を通時的に下降していったことになる。また本発表の分析から、他のゲルマン系言語でしばしば観察される他動詞虚辞構文が後期中英語に出現して近代英語期中に消失した理由についても自然に説明できることを示す。
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Session 5: 14:50〜15:30
新沼史和(盛岡大学)
「コーパスを利用した日本語のar自動詞の形態統語論的分析」-
影山(1996)は、日本語のar自動詞は、脱使役化という操作を受けて他動詞から自動詞が形成されると論じている((1-2)を参照)が、(3)-(5)に示したように、その分析とは相容れない例文も散見される(cf. 須賀(1981)等) 。
(1) [ x CAUSE [ y BECOME [ y BE-AT z]]] x -> φ
(2) a. 太郎が募金を集めた
b. 募金が集まった
(3) 太郎が風呂につかった
(4) 校長が学校を変わった
(5) 花子が診察を終わった
(3)では、主語が動作主である文、(4,5)では、ヲ格名詞句が存在し、他動詞の格フレームを持っている。加えて、(4)では、主語は経験者であるのに対し、(5)の主語は、経験者の場合(患者)と動作主の場合(医者)とが存在する。そこで、ar自動詞の使用拡張に関して少納言コーパスを用いて調査し、形態素arの本質を検討する。
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Session 6: 15:35〜16:15
長野明子(東北大学)
「借入と言語変化—Namiki (2003)の事例を中心に」-
Namiki (2003)は、英語の前置詞in が日本語に借入された事例では、一種の構造の再分析が起こるという観察をしている。例えば、「リンスインシャンプー」という表現において、「イン」は、(1a)の英語対応形のように後続名詞を補部とするのではなく、(1b)のように先行名詞を補部とする。
(1) a. [ rinse [ in shampoo]]
b. [[リンス イン] シャンプー]
Moravcsik (1978)のUniversals of language contactによれば、文法的形態素の借入が可能なのは、その語順特性も込みで借入される場合のみである。(1b)の「イン」は一見するとこの一般化に反するようにみえる。本発表では、コーパスデータを基にこの問題を検討するとともに、言語変化にとって借入現象がどのような役割を果たすかについて考察する。
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問い合わせ先: 小川芳樹 @