言語変化・変異研究ユニット Language Change and Language Variation Research Unit

ワークショッププログラム02

東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第2回ワークショップ

「コーパスからわかる言語の可変性と普遍性」

2015年9月8日(火)〜9月9日(水)
会場:東北大学大学院情報科学研究科棟 2階 中講義室

9月8日(火)

  • 趣旨説明:13:00〜13:10
  • Session 1:13:10〜13:50

    小川芳樹(東北大学)
    「等位同格構文と同格複合語の統語構造と構文化についての一考察」

    • 「子ども」を表す名詞と別の名詞が同格関係で結びつく表現には、一見、全体で名詞句を構成するもの(タイプA:子どものクマ/bear’s cub)と複合名詞を構成するもの(タイプB:子グマ/bear cub)がある。いずれのタイプにも、2つの名詞N1, N2が共時的に入れ替え可能なもの(「クマの子ども/子どものクマ」「child beggar/beggar child」)や、通時的にN1とN2の語順が入れ替わったものもある。また、その表現が通時的にタイプBからタイプAに、または、タイプAからタイプBに変化してきたように見えるものもある。
       本発表では、タイプAを「等位同格構文(coordinative appositive construction)」、タイプBを同格複合語(appositional compound)と呼んで便宜上区別した上で、両構文の共時的特徴と通時的関係性について、次の三点を主張する。まず、タイプAのうち「子どものクマ」はLinkerP内での述部倒置を含み、この「の」は、an idiot of a doctorのofと同様、名詞的繋辞であると主張する(cf. den Dikken (2006); 奥津 (1978))。第二に、タイプBについても、全体はN0ではなく、機能範疇Relatorを含む名詞句であると主張し、ここで「of/の」が生じない理由について形態統語論的に考察する。第三に、タイプAとタイプBの間で通時的に変化してきた事例の存在や「子ども店長/cub pilot」タイプの新たな表現の出現について、Ogawa (2014a,b)が主張する「複合名詞の統語的構文化」の仮説に基づく説明を与える。

  • Session 2: 13:55〜14:35

    島田雅晴(筑波大学)
    「英語における等位複合語の生起について」

    • 日本語の「親子」などに相当する、いわゆる等位複合語の生起について、自然言語はそれを許す言語と許さない言語の2種類に大別されるといわれている。英語は日本語と異なり前者に属するとされる。Shimada (2012)は等位複合語生起に関する言語間相違を自由形態素が優位か拘束形態素が優位かという当該言語の形態特性に帰している。具体的には、拘束形態素が優位の言語では、自由形の語を生成するという音韻・形態上の要請により等位複合語が生起するとしている。英語は史的に拘束形優位の言語から自由形優位の言語に変化していったといわれており、このことは、英語では過去においては等位複合語が存在していたことを意味する。本発表では、現在の状況の確認も含めて、様々な資料で英語史上における等位複合語生起について調べ、その結果に関して理論的な考察を加えることにする。また、これに関連することとして、英語でAlzheimer’s diseaseという表現がAlzheimer’sという表現と交替する事実にも触れ、これについても資料に基づく調査を行う。

  • Session 3: 14:40〜15:20

    木戸康人(神戸大学大学院)
    「日本語複合動詞の発達過程の解明に関する一考察」

    •  本発表では原理とパラメータのアプローチ (Chomsky 1981)から、1) なぜ日本語に語彙的複合動詞が存在するのか、2) 日本語を母語とする子どもがどのように語彙的複合動詞を獲得するのかという2つの問いの解明を試みる。まず、一つ目の問いに対しては、日本語は複合語パラメータ (The Compounding Parameter (TCP)) (Snyder 1995, 2001, 2012)がプラスに設定される言語であるからだと提案する。次に、二つ目の問いを明らかにするために、CHILDESデータベース (MacWhinney 2000, Oshima et al. 1998)に収録されている日本語を母語とする子ども (e.g., Aki, Miyata 1995)の自然発話コーパスを調査する。そうすることで、TCPがプラスに設定されると複合動詞が観察されるかどうかを検証する。コーパスを使用した質的研究の結果、TCPがプラスに設定されるのと同時期に複合動詞が観察されたことを示す。

  • Session 4: 15:30〜16:10

    杉崎鉱司(三重大学)
    「幼児英語に見られる助動詞doの誤り:素性継承に基づく分析」

    • 本発表では、英語を母語とする幼児が示す助動詞doに関する誤りに基づいて、母語獲得研究と生得的な言語機能(UG)に関する研究がどのように結びつきうるかを具体的に議論する。
       英語を母語とする3歳児が否定文を発話する際、主語が3人称単数であるにもかかわらず、正しくdoesを用いるだけではなく、誤ってdoを用いることが広く知られている。
        (1)  Robin don’t play with pens.  (Adam, 3;04)
      Guasti & Rizzi (2002) は、疑問文ではこのような誤り(つまり、(2)のような例)が見られないことを、7名の英語を母語とする幼児の発話コーパスを分析することによって発見した。
        (2)  #Do he go?
      Guasti & Rizzi は、幼児発話に見られる否定文と疑問文におけるdoの誤りの有無に基づき、句構造の中に一致を司る機能範疇(AGR)が存在することを主張している。
       本発表では、まず、Guasti & Rizzi (2002) による発見の妥当性を、より広範な幼児発話コーパスを分析することで再検討する。さらに、Chomsky (2007) などで提案されているCからTへの素性継承メカニズムを仮定することにより、AGRの存在を仮定せずとも上記の観察を説明できることを示す。それにより、母語獲得に見られる誤りが、UGにおける素性継承メカニズムの存在の可能性を高めることを主張する。

  • Session 5: 16:15〜16:55

    桑本裕二(秋田高専)
    「若者ことばは通時変化を確認できるか?
     −テレビドラマのデータベース作成とその分析結果より−」

    • 一般に、非常に移ろいやすく、語彙の定着やその通時変化を確認するのが非常に困難である若者ことばを的確に記述するために、20歳代の若者が中心に登場するテレビドラマを1990年代、2000年代、2010年代から3作品選び、台詞を文字化してデータベースを作って分析を試みた。特に若者ことば特有の語彙やイントネーションが20年近くの間にドラマの台詞にどのように反映されてきたのかを検証する。若者ことば研究は、特に通時変化に関しては、特定の個人の研究者による限られた範囲での語彙分析が散見されるにとどまるが、本研究による分析はこの種の語彙研究を客観的な視座からとらえることをめざしたものである。

  • Session 6: 17:00〜18:10

    保坂道雄(日本大学)(招聘)
    「文法化と言語進化」

    •  言語研究の究極の目的は、「なぜ人間だけが言葉を使うことができるのか」という問に対する答えを見出すことであろう。まさに、これはミニマリストの目指す、生物言語学的視点であり、今世紀になり、ようやくその視界が開けてきた。しかしながら、その反面、言語事実に立脚した研究との乖離が生じ、実際の言語を対象とする研究者たちの間に、自問する声も聞こえる。本発表では、英語の文法化という具体的な言語現象を通して、言語進化の研究に対して、如何なる貢献ができるか検証するものである。具体的には、文法化は「伝達の言語」の領域における研究対象であり、これまでの言語学の中心的課題であった移動、格、一致等の言語現象もまたその領域に存在し、複雑適応的な小進化が繰り返されてきた結果、言語の通時的及び共時的多様性が生まれてきたことを論じていきたい。

9月8日(火)

  • 9月9日(水)
  • Session 1: 10:00〜10:40

    菊地朗(東北大学)
    「概念構造上の価値の体系に基づく誘導推論について」

    •  Jackendoffは善悪、好悪などの価値(value)に関する概念構造上の体系を提案している。そこでは種々の価値の種類に基づき価値判断の分類がなされ、価値の間での推論があることが示されている。しかし推論の中には論理的に正当な推論もあれば必ずしも正当な推論ではないにもかかわらず、相手を特定の判断に導くことになる誘導推論(invited inference)もある。価値に基づく推論にもそのような誘導推論が存在する可能性が否定できない。本発表では、価値に基づく推論にも誘導推論があることを示し、国会議事録をデータベースによって実証を試みたい。

  • Session 2: 10:45〜11:25

    山村崇斗(筑波大学)
    「英語史における形容詞の名詞的用法の発達」

    •  現代英語でみられる形容詞の名詞的用法(the poor、the youngなど)と所有標識(-'s)との共起が中英語ではほとんど不可能である。現代英語の規範文法でも、それらの共起関係は容認されていない。一方で、電子コーパスからのデータや一部の英語母語話者は、これを容認しているようである。
       この事実について、形容詞の名詞的用法の歴史的変遷を観察しながら、形態統語論の立場から、形容詞の名詞的用法の内部構造を明らかにする。本発表では、Kester (1996)に従い、形容詞の名詞的用法は「形容詞が空の名詞Nを持つDP構造」であると考えるが、現代英語の一部の話者にとって、当該の形容詞が名詞へと品詞転換していることを主張する。

  • Session 3: 11:30〜12:10

    久米祐介(藤田保健衛生大学)
    「軽動詞構文における事象名詞の通時的変化について」

    •  現代英語にはhaveやmakeなどの語彙的意味の希薄ないわゆる軽動詞が不定冠詞を伴った事象名詞を選択する軽動詞構文がある。本発表では、軽動詞に選択される事象名詞のステータス変化を歴史コーパスから抽出したデータを分析することによって明らかにする。具体的には、古英語ではhaveが選択するrest, life, fightなどの動詞と同根の事象名詞は対格が付与されていたことから、項であったと考えられる。現代英語において、haveに選択される-ationや-mentなどの接辞を伴う事象名詞は受動化が許されるのに対し、接辞を伴わない事象名詞は受動化が許されないことから、後者は中英語以降に格の形態的表示が衰退するとともに叙述名詞に変化したと主張する。一方、makeは中英語から事象名詞を選択するようになるが、接辞の有無にかかわらず受動化が可能であることから、現代英語においても依然として項であり、事象名詞のステータス変化はないと結論付ける。

  • 昼食休憩: 12:10〜13:00
  • Session 4: 13:00〜14:10

    乾健太郎・松林優一郞(東北大学)(招聘)
    「言語コーパスへの重層的意味情報付与 〜自然言語処理から見たコーパス分析〜」

    • コーパスに基づく言語解析の研究は,初期の形態素・統語解析から次第にその対象を意味・談話解析と呼ばれる言葉の意味に踏み込んだ処理に広げており,それに従って,コーパスへの注釈付けも語義,固有表現,照応・共参照,述語項構造,モダリティ,時間情報,談話関係など,多様化が進んでいる.本講演では,こうした多様な意味的注釈づけの研究動向を,とくに同一の文書集合上に様々なレイヤの意味情報を重層的に付与する試みに触れながら概観する.また,我々のグループがこれまで携わってきた照応・共参照,述語項構造,モダリティ,談話関係について,注釈付けの仕様の具体例を紹介するとともに,述語項構造の注釈付けについて仕様設計上の課題を深く掘り下げて紹介する.注釈付けの仕様を論じることは,言語解析という漠然とした目標をどのように具体的問題に切り分けるべきか論じることであり,極めて重要な意味を持っている.言語学研究との連携を広く呼びかけたい.

  • Session 5: 14:15〜14:55

    坂本明子(東芝研究開発センター)
    「モダリティ表現を中心とした、機械翻訳のための日本語前編集」

    •  講演などの自発的な話し言葉を日英方向に機械翻訳する場面において、話し言葉に特有の言語現象や、源言語と目的言語の違いに着目しながら、源言語となる日本語話し言葉を編集することにより、機械翻訳精度の向上を図る。従来自然言語処理で行われてきた、詳細な音声書き起こしを整える技術の場合とは違い、モダリティ表現などの、命題とは直接関係の無い要素を担う表現を削除することを特徴とする。どのような表現について削除すると機械翻訳の精度向上を行えるかについて、言語研究の観点を借りて整理することを試みるとともに、実際の機械翻訳の改善例を観察しながら議論する。

  • Session 6: 15:00〜15:40

    長野明子(東北大学)
    「リンスインシャンプーは間違った英語か?:挿入型コード交替分析」

    •  いわゆるカタカナ英語は言語接触という現象や接触言語学という研究分野にとって非常に面白い題材を提供する。その一環として,本稿では「リンスインシャンプー」型の名詞修飾表現(Namiki 2003, 2005)に着目する。まず,料理レシピのuser-generated siteとして世界最大といわれるCookpadをコーパスとして,この形式が20代〜40代日本人女性による名づけで生産的に使われていることを示す。次に、8つほどある下位タイプのいずれもが伝統的日本語表現の構造を土台とした挿入型コード交替として分析できることを示す。最後に、コード交替の社会言語学的側面に関する知見を概観した上で、今回のコード交替がなぜCookpadというサイト上で頻繁に行われるのかを検証する。本稿の分析が正しければ、「リンスインシャンプー」は日本語の構造を借入形態素で具現したものであるので、「間違った英語」とはいえないということになる

本ワークショップは、科学研究費・基盤研究(C)「史的コーパスを活用した日英語の動詞と形容詞の文法化についての統語論的研究」、東北大学運営費交付金、および、東北大学大学院情報科学研究科シンポジウム支援経費による補助を受けています。
問い合わせ先: ogawa  @ ling.human.is.tohoku.ac.jp