言語変化・変異研究ユニット Language Change and Language Variation Research Unit

ワークショッププログラム05

東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第5回ワークショップ

2019年3月21日(木)〜3月22日(金)
会場:東北大学大学院情報科学研究科棟 2階中講義室


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3月21日(木)

  • 趣旨説明:13:00〜13:10
  • Session 1:13:10〜13:50

    秋本隆之(工学院大学)
    「内部移動を表す複合動詞「V+込む」の多層PP分析」

    • 影山(1993)以来、日本語複合動詞は、生成文法の様々な枠組みから研究が蓄積されているトピックの一つであり(Matsumoto 1996;Nishiyama 1998;Saito 2014;由本 2005など)、近年では、V2の機能範疇への文法化・助動詞化という観点から複合動詞の統語構造を明らかにする試みがなされている(Fukuda 2012;Nishiyama & Ogawa 2014など)。本発表では、複合動詞の統語分析のなかでも、これまで積極的な提案がなされてこなかった(内部)移動を表す複合動詞「V+込む」(移動型「V+込む」)を扱う(cf. Hasegawa 2000)。まず、移動型「V+込む」が(a)「V+出す・去る」複合動詞とともに、他動性調和の原則に従わずあらゆるV1と共起可能である、(b)V1の項ではない着点を項に取る、(c)V1が自動詞の場合は一貫して非対格動詞として振舞う(影山1993;松本2008)、といった文法特性を持つことを概観し、多層 PP分析(Svenonius 2007, 2010など)を用いた移動型「V+込む」の統語構造を提案する。具体的には、(1)の構造を提案し、V2「込む」はFigureを導入するp主要部に文法化していると主張する。

       (1) … [AspP [vP [pP DP(Figure) [PathP [PlaceP DP(Ground) Place] Path] p (kom)] v (V1)] Asp] …

       本発表では、(1)の構造から移動型「V+込む」の諸特性が説明されることを論じ、V1の自他交替の具現について検討する。さらに、本提案から日本語における後置詞「ニ・ヘ・デ」の具現や、「V+出す」型複合動詞の統語構造への敷衍を試みる。

  • Session 2: 14:05〜14:45

    縄田裕幸(島根大学)
    「something型複合不定代名詞の成立に関する一考察」

    •  英語にはsomething, anybody, nowhereなどの数量表現を含む不定代名詞が存在する。これらは現代英語では語として扱われるが,もともとは「数量詞+不定名詞」からなる句であった。中英語期には数量詞と不定名詞を分離したsome thing, 両者をハイフンでつないだsome-thing, 複合語として綴ったsomethingのいずれもが用いられていたが,次第に複合語綴りが優勢になっていった。本発表では,史的コーパスの調査によって個々の不定代名詞の再分析が生じた時期を探るとともに,その変化が生じたメカニズムを説明することを試みる。
       その際に注目するのが,不定代名詞と限定用法形容詞の語順である。現代英語では限定形容詞は通例名詞を前置修飾するが,something型不定代名詞に対しては後置修飾語順が用いられる。したがって,(1a-b)の対比が生じる。

       (1)
      a. some beautiful thing
       b. something beautiful

      しかし,初期英語では(2)のように句としてのsome thingに形容詞が後置されている例が散見される。

       (2)
      … as thei ben to sekinge sum thing certeynere.
        as they are to seek some thing certain
      (c1384 Wycliffite Bible(1) (Dc 369(2)))

       本発表の分析を通して,不定代名詞の再分析において(2)の語順が果たした役割を考察するとともに,現代英語において (1b)の後置修飾語順が例外的に用いられる理由を明らかにする。

  • Session 3: 14:50〜15:30

    石崎保明(南山大学)
    「通時的視点から見た英語の所格交替について」

    •  よく知られるように,英語には,所格交替(locative alternation)とよばれる現象がある。

       (1)
      a. John loaded the truck with hay. [場所目的語構文]
       b. John loaded hay onto the truck. [物財目的語構文]

       この所格交替は,長い間さまざまな理論的枠組みで議論されており,英語を含む現在話されている言語に関していえば,すでに膨大な研究の蓄積がある。しかしながら,英語の所格交替に関わる2つの構文の歴史的発達が議論されることはこれまでにはなかった。本発表では,所格交替を許す代表的な動詞であるload,smear,sprayを取り上げ,これらの動詞を含む(1)に示される2つの構文の歴史的発達を提示し,Goldberg(1995, 2006)における構文文法やTraugott and Trousdale(2013)における通時的構文文法理論を念頭に置きながら,所格交替にかかわる構文(変)化の実態を議論する。具体的には,後期近代英語期の言語資料を収めたCLMET(The Corpus of Late Modern English Texts, ver. 3.1)の調査に基づき,(i)動作主を主語とした定形動詞として用いるこれら2つの構文が用いられる前の段階では「ある物財がある場所に置かれている・付着する・噴霧されている状態」を描写する用例が多かったこと,(ii)後期近代英語期においては,動詞の種類にかかわらず[場所目的語構文]が優勢であり,[物財目的語構文] はほとんど使われていなかったこと,および,(iii)いずれの構文においてもloadの頻度が高く,その後smear,sprayの順で構文ネットワークに位置づけられるようになったこと,などを指摘する。

       References(selected)
       CLMET (The Corpus of Late Modern English Texts)
      (https://perswww.kuleuven.be/~u0044428/clmet.htm)
       Goldberg, Adele E. (1995) Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure, University of Chicago Press, Chicago.
      Goldberg, Adele E. (2006) Constructions at Work: The Nature of Generalization in Language, Oxford University Press, Oxford.
      Traugott and Trousdale(2013)Constructionalization and Constructional Changes, Oxford University Press, Oxford.

  • Session 4: 16:10〜16:50

    新国佳祐・和田裕一・小川芳樹(東北大学)
    「形式名詞の文法化と属格主語について」

    •  日本語の「主格属格交替」は、名詞を修飾する節内の主格主語が属格主語と交替する現象であるが、現代語では、すべての名詞がこれを等しく認可できるわけではない。まず、関係節と形式名詞節では、その中での属格主語の生起頻度が過去100年間で逆転したことを示すデータが、Ogawa (2018)で提出されている。また、形式名詞節の中でも、例えば、多くの母語話者にとって、(1a)の属格主語は(1b)の属格主語よりも容認性が低く、中には、(1b)を容認しない母語話者もいることであろう。

      (1)
      a. あの公園には太郎{が/*の}いるはずだ。
      b. あの公園に太郎{が/??の}いるはずがない。

      本発表では、形式名詞「はず」の文法化についての小菅・小川 (2015)の主張と、Kishimoto and Booij (2014)による「N(+が)+ない」型形容詞の3分類を踏まえて、形式名詞節内の属格主語について、以下の3点を主張する。

      (2)
      a. 「はずだ」の「はず」は、文法化の結果として、現代語ではCP領域の機能範疇に変化し、名詞素性を完全に失っているため、属格を認可しない。
      b. 「はずがない」の「はず」は、比較的高齢の世代において、名詞化辞(nominalizer)としての性質が保持されているものの、より若い世代ほど、Class IからClass IIへの変化(後続の「ない」との一語化)が進行中であり、これに伴って、属格主語を認可する名詞素性を失いつつある。
      c. 「はず」以外の形式名詞についても、それ自身がCPの一部に文法化するか、または、CPを補部に取る構造に変化することで、属格主語を認可できなくなりつつある。

      このうち、(2a,b)については、400名の母語話者を対象とする大規模Web質問調査の結果 (cf. 新国・和田・小川 2017)に基づき、その妥当性を検証する。(2c)については、「日本語歴史コーパス」と「現代日本語書き言葉均衡コーパス」の検索結果に基づき、これを裏付ける。

      参考文献:
      小菅智也・小川芳樹 (2015)「形式名詞補部に生じる属格主語に関する統語論的考察」,日本言語学会第151回大会口頭発表,名古屋大学.
      Kishimoto, Hideki and Geert Booij (2014) “Complex Negative Adjectives in Japanese: The Relation between Syntactic and Morphological Constructions,” Word Structure 7, 55-87.
      新国佳祐・和田裕一・小川芳樹 (2017) 「容認性の世代間差が示す言語変化の様相:主格属格交替の場合」『認知科学』 24, 395‒409.
      Ogawa, Yoshiki (2018) “Diachronic Syntactic Change and Language Acquisition: A View from Nominative/Genitive Conversion in Japanese,” Interdisciplinary Information Sciences 24(2), 91-179.

  • Guest Lecture: 17:05〜18:05

    岸本秀樹(神戸大学)
    「複雑動詞構文のV2の脱語彙化について」

    • 文法化においては,さまざまな変化が起こるが,その中には語彙範疇から機能範疇への変化が含まれる.本論では,日本語の「動詞+動詞」の連鎖をもつ複雑述語のV2に,この変化を起こしたものが見つかることを示す.この文法化のプロセスは「脱語彙化(delexicalization)」の一種で,「動詞+動詞」の複雑述語で起こる変化は,動詞の範疇としての特性を保持したまま起こる動詞の機能語への変化であると考えられる.動詞の文法化については,意味的な観点からの示唆はしばしば見られるが,意味的な尺度だけでは必ずしもこの脱語彙化は検証できない.動詞の脱語彙化に関するテストとしては,可能動詞の埋め込みが有効であることを論じる.可能動詞は,生起できる統語環境には制限がある.通常,可能動詞を他の動詞の下に埋め込むことができないが,複合動詞構文や補助動詞構文の複雑述語の中にはこのような埋め込みを許すものが存在し,そのような可能動詞の埋め込を許すV2に脱語彙化が起こっていることを示す.

3月21日(金)

  • Session 1: 10:00〜10:40

    都築雅子(中京大学)
    「結果構文の強意読みに関する一考察」

    • (1)の結果構文は「動詞の表す行為/過程の結果、主語/目的語名詞句のジョンが死んだ」という意味になる。

      (1)
      a. John bled to death.
      b. Mary stabbed John to death.
      c. John drank himself to death.

      一方、同じto deathによる結果構文であっても、(2)のto deathは動詞の表す行為の程度の甚だしさを強調し、「死ぬほど」という強意副詞的な解釈になる。

      (2)
      a. John laughed himself to death.
      b. John was freezing to death at the bus stop.
      c. John was being beaten to death by his wife last night.
      d. Mary was worried to death.
      e. They worked us to death.
      f. ?I drank myself to death last night.

      例えば(2a)は「ジョンは死ぬほど笑いこけた」という意味になる。
      本発表では、結果構文に強意読みが生じるメカニズムを明らかにしたうえで、特にto deathによる結果構文に焦点を当て、コーパスデータを詳細に考察することにより、to deathによる結果構文の強意読みの派生には、動詞の語彙特性、進行形などの文法手段、語用論原則など、さまざまな要素が絡んでいることを示していきたい。また、(3)のような結果構文の強意読みの慣用表現についても言及する。

      (3)
      a. Felon might beat the hell out of Spooky, but he would probably let him keep his life. (COCA 2006: FIC)
      b. They're trying to scare the hell out of them - their intent is to force employers to police themselves. (COCA 2008: NEWS) 
       

  • Session 2: 10:55〜11:35

    菊地朗(東北大学)
    「動詞を欠くwh-ever譲歩節:その生起条件と変異について」

    • wh-everの形式を持つ自由関係節は、名詞句としての用法と譲歩の副詞節としての用法を持つが、関係節の内部で主動詞(主にコピュラ)が欠けたWhatever the reason, he is not free from guilty.のような形式は譲歩副詞節でしか用いられない。
      この、動詞を欠いた形式の譲歩構文についてはCulicover (1999)が成立条件についての特徴づけを行い、Oppliger (2018)が本構文の特徴についてのより詳細な事実観察を行っており、両者とも、本構文を構文イディオムとみなし、基本的に、構文文法的な記述を行っている。この構文が特殊な性質を持つことは否定できないが、そもそも、なぜこのような構文が生起できるのかについて、両研究とも満足のいく説明を与えているようには思えない。
      この発表では、イディオマティックな特殊構文といえども、その成立には一般的・普遍的文法原則の裏付けが必要であり、その上で歴史変化的、文体・レジスター的な要因が加わって特殊性が生じるという観点から、この構文についての分析を行う。具体的には、本構文は独立分詞構文を生起させているものと同じ原理により生起可能となっているものの、史的要因やレジスター要因が加わって特殊な制約が生じていると論じたい。

      Culicover, P. (1999) Syntactic Nuts, Oxford UP., New York.
      Oppliger, R. (2018) “Whatever the specific circumstances, …: A construction grammar perspective of wh-ever clauses in English,” in E. Seoane et al. eds. Subordination in English: Synchronic and Diachronic Perspectives. Walter de Gruyter, Berlin.

  • Session 3: 12:50〜13:30

    茨木正志郎(関西学院大学)
    「英語史における後置属格の出現について」

    • 現代英語には後置属格(あるいは二重属格)と呼ばれる構造が存在する(例:a friend of mine)。この構造は中英語には既に存在したと言われているが、Gaaf (1927)や中尾 (1972)、Allen (2002)などは異なる出現時期を主張しており、意見は一致していない。また、この構造の起源についてもいくつかの説があり、定説は無いようである。本発表では、歴史コーパスを用いて、これらの点を明らかにすることを目的としている。まず、後置属格の出現時期については、コーパスより得られたデータに基づき、14世紀中頃に出現したと主張する。後置属格の起源については、Heltveit (1969)やFischer (1992)らに従って、二重決定詞(例:a his friend)の消失との関係から説明を試みる。具体的には、初期中英語まで所有代名詞は形容詞に近い振る舞いをしていたが、次第に限定性を強め決定詞類と名詞前位位置で共起できなくなることで二重決定詞が消失し、その結果、所有代名詞が名詞に後続する構造が出現したと主張する。

  • Session 4: 13:45〜14:25

    小菅智也(秋田工業高等専門学校)
    「日本語の「V1+て+来る」形式の通時的統語論」

    • 本発表では日本語の「V1+て+V2」形式におけるV2 の意味の多様性について論じる。当該形式のV2 位置に「ある、いる、おく、しまう、もらう、あげる、みる、いく、くる」などの動詞が生じると、本動詞としての解釈のほか、アスペクトの機能を持つ場合が生じる。V2 の意味の多様性は、Shibatani (2007) に見られるように、文法化の観点から様々に論じられているが、通時的な観点からの分析はあまりされてこなかったように思われる。そこで、本発表では当該形式の通時的な意味変化の過程を明らかにし、その変化に対し生成文法統語論的な説明を与えることを試みる。ここでは特に「V1+て+来る」形式を中心的に取り扱う。
      本発表ではまず、「日本語歴史コーパス」を用い、当該形式の通時的な意味変化の過程を明らかにする。具体的には、元来V2位置の「来る」は移動を表す意味しか持たなかったが、10世紀頃からその用法を拡張していったことを示す。次に、コーパス調査で観察された通時的な意味変化に対して統語論的な説明を与える。ここでは、Upward Reanalysis (Roberts and Roussou (2003)) により、V 主要部であった「来る」がAsp 主要部に変化したと主張する。

  • Session 5: 14:40〜15:20

    小川芳樹(東北大学)
    「「Xは高い」と「Xは高さがある」の比較から見た度量表現と程度表現の統語構造」

    • 本発表では、「高さ/長さ/深さ」のような尺度名詞と繋辞「ある」からなる「Xは[尺度名詞]がある」型構文(以下、アル型尺度名詞構文)の通時的発達の過程と共時的な共起制限をコーパスで詳細に調査した上で、この構文には、(1)のような「アル型絶対尺度名詞構文」と(2)のような「アル型相対尺度名詞構文」の2種類が存在すると主張する。その上で、小川 (2019)の主張に基づき、両構文について、主述関係を担うRP(den Dikken 2006)を含むvPの中で度量句(measure phrase; MP)を認可する構造(3a)と、vPの上で程度句(degree phrase; DegP)を認可する構造(3b)を提案し、日本語の両構文と「Xは高い」型の形容詞述語文(ここにも、「Xは高くもある」のように「ある」は生じ得る; Nishiyama (1999))の構造(3c)との違いや、(1),(2)とそれらに対応する英語の構文の間の差異についても、その統語的説明の方法を探る。

      (1)
      a. この壁は高さが10mある。 (= この壁は高さが10mだ; ≠この壁は10m高い)
      b. この壁は10mの高さがある。 (≠この壁は10m高さがある)
      (2)
      a. この壁は高さがかなりある。 (cf. *この壁は高さがかなりだ)
      b. この壁はかなりの高さがある。 (= この壁はかなり高さがある)
      c. この壁はとても高さがある。 (cf. *この壁は高さがとてもある)
      d. この壁は高さがある(ので、よじ登ることはできない)。
      (3)
      a. [TP Xは [vP [FP [MP 10m] [F(の)[RP [nP 高さ] [RP [MP 10m] R] F]] v(ある)] T]
      b. [TP Xは [DegP [DegP かなり/φ/とても/10m] [vP [ [DegP かなり/φ] [F(の) [RP [nP 高さ] [[DegP かなり/φ] R]] F]] v(ある)] Deg]] T]
      c. [TP Xは [DegP [DegP 10m] [vP [RP [nP 高さ] [√A 高] R(く/φ)]] v(ある/φ)] Deg] T(φ/い/た)]
       
       参考文献:
       Den Dikken, Marcel (2006) Relators and Linkers: The Syntax of Predication, Predicate Inversion, and Copulas, MIT Press, Cambridge, MA.
       Nishiyama, Kunio (1999) “Adjectives and the Copulas in Japanese,” Journal of East Asian Linguistics 8, 183-222.
      小川芳樹 (2019)「日英語の名詞的繋辞構文の通時的変化と共時的変異」, 岸本秀樹・影山太郎(編)『レキシコン研究の新たなアプローチ』, 81-111, くろしお出版.

本ワークショップは、科学研究費・基盤研究(C);「形態部門と統語部門にまたがる文法化と構文化についての理論的研究」、東北大学運営費交付金、および、東北大学大学院情報科学研究科シンポジウム支援経費による補助を受けています。
問い合わせ先: 小川芳樹 @