言語変化・変異研究ユニット Language Change and Language Variation Research Unit

ワークショッププログラム07

東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第7回ワークショップ

(AA研共同利用・共同研究課題理論言語学と言語類型論と計量言語学の対話にもとづく言語変化・変異メカニズムの探求」 第3回研究会との共催)

2021年9月5日(日)〜 9月6日(月)

会場:Google Meetによる遠隔会議形式(参加用URLは参加申し込みされた方に配布)

参加申し込みは、こちらからお願いします。  

 

9月5日(日)

  • 挨拶:小川芳樹(東北大学):13:00〜13:05
  • Session 1:13:05〜13:45 (発表40分のあと質疑応答10分; 以下同)

    縄田裕幸(島根大学)
    「英語wh関係代名詞の歴史的発達とその理論的含意」

     
    •  古英語では指示詞se/seo/þætが関係代名詞として用いられ,先行詞の性・数と関係節内での格に呼応して変化した。他方,現代英語では先行詞が人か物かによって関係代名詞who(m)とwhichが使い分けられる。指示詞を関係代名詞として使う古英語の体系(Dシステム)から疑問詞を関係代名詞に転用する現代英語の体系(whシステム)への変化は急激に生じたものではなく,中英語期(1150-1500)から初期近代英語期(1500-1700)にかけて段階的に進行した。最初に出現したwh関係詞は「前置詞+which」などの複合wh関係詞であり,後期中英語でwhichが単独で用いられるようになった。その後,初期近代英語になるとwhichがその頻度を増やしつつ,who/whomやゼロ関係詞も発達した。その過程で,whichが定冠詞をともなう形式や人を先行詞とするwhichなど,現代英語にないwh関係詞の用法が観察された。

      生成統語論の枠組みでは,関係節の派生に関して主要部併合分析 (Chomsky (1977)など)と主要部繰り上げ分析 (Kayne (1994)など)が提案されてきた。これらの分析にはそれぞれ経験的証拠があり,その妥当性について議論が続いている。本発表ではこれら2つの派生が同一の言語や話者の中で共存しうるという前提のもとで,英語では時代を下るにつれて主要部繰り上げによる関係節の派生が主要部併合による派生へと置き換わっていったと仮定し,それによって上記の英語関係詞の発達過程を説明することを試みる。また,関係詞のDシステムからwhシステムへの変化は英語以外の多くのゲルマン系言語で観察される一般性の高い現象でもある。本論の分析の理論的な帰結として,whシステムによる派生がDシステムによる派生よりもいくつかの点でより単純で経済的な派生であることを示し,関係詞の通時的発達の一方向性について示唆を与えたい。

  • Session 2: 14:00〜14:40

    小川芳樹(東北大学)
    「連濁の通時的変化の事実から見た形式名詞句の構造」

    •  日本語の「連濁」は、通例、[X+Y]形式が「複合語」(=自由形態素どうしを結合したもの)であって、その後部要素Yが無声阻害音から始まるときにのみ、その無声音が対応する有声阻害音に変化する現象として定義される(例:青竹 vs. 青い竹、干し柿 vs. 干した柿)(Lyman (1894), Ito and Mester (1986), 窪薗 (1999))。XやYが拘束形態素の場合には連濁は起きないと明記する論もある(高橋 (2010: 64))。しかし、実際には、XやYが拘束形態素の場合にも連濁は起きる。例えば、Yが接尾辞の場合(例:演者、生き様)、Xが接頭辞の場合(例:小人、真心)、Yが副助詞の場合(例:X+だけ<丈、X+ばかり<計り)、Yが形式名詞の場合(例:可愛げ (げ < 気)、左側 (がわ < かわ))などである。

      このうち、形式名詞の多くは、語彙名詞からの文法化により発達してきたものであり (日野 (2001))、その中には、語や語幹のみならず句や節とも結びつくことができるようになったものも多い。語彙的緊密性の原理のもとでは、[{句・節}+形式名詞]形式の構成素は「句」として分析されるので、その中で連濁は起きないはずだが、実際には、(1a-c)のように、形式名詞が随意的または義務的に連濁する例がある ((1a)ではTP, (1b)ではVP, (1c)ではAPを形式名詞が選択している)。

      (1) a. この本が出版される{ころ/ごろ}には桜は満開になっているでしょう。
      b. 嫌味を言われた{くらい/ぐらい}ではなんとも思わない。
      c. 竹垣は、反論したげに身体を動かした (BCCWJ-NT, 1991)

      これらの事例の存在は、複合と派生が連続的な現象(構文化)であるとする通時的構文文法の主張(Hüning and Booij (2013))や、「語」の概念を認めない分散形態論の主張(Marantz (1997))を支持するだけでなく、適用範囲を「(複合)語」に制限している連濁規則の再考をも促す可能性がある。

      本発表では、接尾辞・副助詞・形式名詞のような拘束形態素を後部要素に含む連濁現象が通時的に発達してきた過程について、日本語歴史コーパスと現代日本語書き葉均衡コーパスの調査結果からわかる記述的一般化を示した上で、共時的には「句」に見える形態統語単位の中で連濁が起きる理由を説明する複数の可能性を提示し、その理論的帰結を探る。

      参考文献:
      日野資成 (2001)『形式語の研究-文法化の理論と応用-』九州大学出版会.
      Hüning, Matthias and Geert Booij (2013) “From Compounding to Derivation: The Rise of Derivational Affixes through ‘Constructionalization’,” Folia Linguistica 48, 579-604.
      Ito Junko and Ralf-Armin Mester (1986) “The Phonology of Voicing in Japanese: Theoretical Consequences for Morphological Accessibility,” Linguistic Inquiry 17, 49-73.
      窪薗晴夫 (1999)『日本語の音声』, 岩波書店.
      Lyman, B. S. (1894) “Change from Surd to Sonant in Japanese Compounds,” Oriental Studies of the Oriental Club of Philadelphia, 1-17.
      Marantz, Alec (1997) “No Escape from Syntax: Don’t Try Morphological Analysis in the Privacy of Your Lexicon,” University of Pennsylvania Working Papers in Linguistics 4, 201-225.
      高橋直彦 (2010)「連濁に対する(見かけ上の)反例」『東北学院大学教養学部論集』第155号,55-68.

  • Session 3: 14:55〜15:35

    髙橋康徳(神戸大学)
    「特殊な文法特徴を有する語彙クラスの借用:ベトナム語の一事例」

    •  言語接触に関する総合的考察であるThomason & Kaufman (1988)は軽度の言語接触でも語彙の借用は頻繁に起こるが、文法・音韻などの言語構造の借用は強度の高い接触でないと起こりにくいと主張する。
       中華(漢字)文化圏に属するベトナムは中華王朝による直接支配が行われた時期もあるが、主に行政文書を介した言語接触が千年以上続いてきた。このような長期的だが間接的な接触を続けてきた言語間では構造的な借用は起こるのだろうか。本発表では「特殊な文法特徴を有する語彙クラス」である中国語の離合詞 “verb-object compounds”の借用に注目することで、上記問題を考察する。
       中国語の離合詞は複合語的性質を有していながら構成素を分割できるという句的な特徴も兼ね備えている。また、目的語を後続することが不可能であるという特殊な制限を持っている。このような離合詞の特徴がベトナム語に借用された後も保持されるのかを分析した。
       分析の結果、ベトナム語に借用された「離合詞」は構成素の分割がほぼ不可能となり、一部の語では目的語を後続することができるようになった。この結果は、離合詞がベトナム語に借用された際(もしくは借用後)に語彙の再解釈が起こり中国語に特有の文法特徴が「濾し取られた」ことを示唆している。

      参考文献:
      Thomason, Sarah Grey & Terrence Kaufman (1988) Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. University of California Press.

  • Session 4: 16:05~16:45

    佐藤陽介(津田塾大学)
    「未来に戻るのか、それとも過去に進むのか:シンガポール英語における時間と空間」

    •   本発表では、シンガポール英語 (以下SgE)における時空間認識についての研究を通じて新たな言語接触研究の方向性を探る。言語接触学では、異なる2つ以上の言語を使用する者同士の接触によって発生する言語現象を対象とする。これまでのSgEの研究では、alreadyなどの時間副詞の使用法、空範疇の独特な分布、時制・アスペクト・ムード体系、mustなどの法助動詞の意味の一義化傾向、代名詞・項省略、wh移動の随意性や部分的wh移動の存在など、いわゆる標準英語からの「逸脱」とされる文法現象が次々に発見されており (Bao 2001, 2005, 2010, 2010, 2015; Sato 2012, 2013, 2014, 2016, 2017等を参照)、この土着化した言語変種の起源をシンガポールの内因的言語環境に常に存在してきた基層言語―中国語 (福建語、広東語、マンダリン)とマレー語 (ババマレー語とマザールマレー語を含む)―の文法に求める『基層型説明モデル』が主流となっている。

      本発表では、SgEの形成には、上記の統語・形態レベルの素性継承だけではなく、人間の認知的基盤の一つである時空間メタファー解釈に関する概念構造レベルにおいても基層言語からの転送が生じている事例を紹介し、この発見が持つ重要な示唆を検討する。Goh (2016)では、アメリカ英語話者ではほぼ半々で見られる時空間認識で使用されるエゴ参照メタファーと時間参照メタファーが、SgE話者を対象とした実験では、その被験者の8割程度が時間参照メタファーを使用するという結果を示し、この傾向は基層言語である中国語の影響を受けているとの主張が提示された。今回はまず、Gohの調査が行われた約10年後の現在の時空間解釈のアンケート結果を報告し、この一元化傾向が現在のSgEでも当てはまることを示す。その後、この概念構造上の転移が持つ、1)人間の認知システムのおける継承の性質とその内的・外的要因、2)言語接触における多言語の競争と共存、及び3)最近のいわゆる継承語研究からの発見との重要な関係 (Polinsky 2018等)、についての発表者の現在の見解をまとめる。

  • Session 5: 17:00~17:40

    田中智之(名古屋大学)
    「英語史における多重主語構文の出現と消失」

    •  現代ゲルマン語において他動詞虚辞構文などの多重主語構文が許されることはよく知られているが、初期英語においても限られた時期、具体的には後期中英語から初期近代英語にかけて多重主語構文が存在していた(Jonas (1996), Ingham (2000), Tanaka (2000), Cowper et al. (2019))。(1a)は他動詞、(1b)は受動分詞を伴う多重主語構文の例である。

      (1) a. Withoute these … Ther may no kyng lede gret lordship
      without these there may no king lead great lordship
      (Cast. Love (Hallw.) 306 / Jonas (1996: 153))
      b. there shall no defaute be founde in here
      there shall no default be found in here
      (PL 190. 72 / Tanaka (2000: 482))

       本発表では、他動詞、非能格動詞、非対格動詞、受動分詞を伴う多重主語構文について歴史コーパスを用いて調査を行い、その歴史的発達の全体像を明らかにする。そして、後期中英語にOV基底語順が消失したことが多重主語構文の出現の要因であり、その際、以下のような数量詞付き目的語を伴うOV語順の存在が重要な役割を果たしたと主張する。

      (2) a. ye haue eny thing spoken of my going to Callyes
         you have any thing spoken of my going to Calais
      (PL 355.28 / Wurff (1999: 241))
      b. I may no leysure haue
         I may no leisure have
      (PL 182.48 / Ingham (2000: 21))

      多重主語構文の消失の説明については、2つの可能性を提示する。第一に、(2)のような数量詞付き目的語を伴うOV語順が、多重主語構文の出現だけでなく消失にも関与した可能性がある。第二の可能性として、多重主語構文の関連要素が否定表現である割合が高いことから、Cowper et al. (2019)の方針に従って、否定呼応(Negative Concord)の消失と関連付けて説明できることを示唆する。

      参考文献:
      Cowper, Elizabeth, Bronwyn Bjorkman, Daniel Currie Hall, Rebecca Tollan, and Neil Banerjee (2019) “Illusions of Transitive Expletives in Middle English,” Journal of Comparative Germanic Linguistics 22, 211-246.
      Ingham, Richard (2000) “Negation and OV order in Late Middle English,” Journal of Linguistics 36, 13-38.
      Jonas, Dianne (1996) Clause Structure and Verb Syntax in Scandinavian and English, Ph.D. dissertation, Harvard University.
      Tanaka, Tomoyuki (2000) “On the Development of Transitive Expletive Constructions in the History of English,” Lingua 110, 473-495.
      Wurff, Wim van der (1999) “Objects and Verbs in Modern Icelandic and Fifteenth Century English,” Lingua 109, 237-265.

  •  

9月6日(月)

  • Session 6: 10:10〜10:50 (発表40分のあと質疑応答10分; 以下同)

    柳朋宏(中部大学)
    「英語否定(呼応)文における否定主語の統語位置に関する通時的分析」

    • 言語の発達において、標準変種では衰退した言語形式が地域変種では保持されていることがある。本発表では、そのような言語形式の1つである否定呼応を取り上げ、地域変種に対する分析を援用し、英語の史的変化について論じる。
       
      古英語(700-1100年)・中英語(1100-1500年)の否定文では否定呼応が一般的であった。否定呼応では、文中に否定要素が2つ(以上)含まれていても否定の意味は相殺されず、否定の解釈となる(Mitchell 1985, Wallage 2017, 宇賀治 2000 など)。この言語形式は17世紀頃まで用いられていたが、現代標準英語では非文とされる。ただし、現代においても否定呼応が用いられる地域変種が存在する(Green 2002, Hughes et al. 2012, King 2006 など)。そのような地域変種では John didn’t eat nothing.のように否定目的語を含む場合は否定呼応の解釈となるが、Nobody didn’t eat.のように否定主語を含む場合は二重否定(肯定)の解釈となる(Blanchette 2016)。否定主語を含む文で否定の解釈を保証するためには、cuz couldn’t none of us drive it (SKCTC-GD-1.523) のように、否定主語は否定辞n’t (not)の作用域内に生起する必要がある。この現象は、否定助動詞倒置とよばれる(Zanuttini and Bernstein 2014)。
       
      一方、古英語・中英語では、このような否定呼応文における主語と目的語の非対称性はなく、いずれの場合も否定の意味は相殺されず、否定の解釈のままである。また、否定主語は否定辞に先行する場合も後続する場合もあり、否定呼応の解釈に影響はしなかった。上述のような、古英語・中英語と現代英語の地域変種における否定呼応の振る舞いの違いは、それぞれの変種における統語構造と否定辞の性質の違いに起因する可能性を探る。
       

  • Session 7: 11:05〜11:45

    下地理則(九州大学)
    「琉球諸語における除括性(clusivity):特に包括指示に関する類型論的新知見の報告」

    •  本発表では,琉球諸語における除括性(clusivity),すなわち1人称非単数代名詞における除外と包括の対立に焦点を当て,除括性に関する類型的一般特徴に照らしながら,琉球諸語のデータが提示する問題点を議論する。言語類型論において,除括性に関して3つの主要なパターンが確認される一方(Type 1-3),Type 4は存在が報告されていない(Cysouw 2005, Bickel and Nichols 2005)。

      (1)
      Type 1: 除外・包括の区別なし
      Type 2: 除外と包括にそれぞれ特化した形式が存在する
      Type 3: 包括に特化した形式だけが存在する
      *Type 4: 除外に特化した形式だけが存在する

      琉球諸語20言語のデータをもとにすると,Type 1-3のいずれも存在することが確認された。Type 4と思われる言語も1つだけ見つかったが,データの信頼性の点で疑問も残る。さらに,Type 3に関して,これまでの類型論的な知見に基づくと,除外に使われる形式が1人称単数をもカバーするという特殊な体系として認識されていたが,琉球諸語の場合はこれとは異なった体系であることがわかった。すなわち,1人称複数一般形(除外・包括問わず使われる「私たち」)を持つ一方,包括に特化した別の形式を持つ体系である。

       本発表ではさらに,上記タイプのいずれにも分類できない新たな方言の存在を報告する。沖縄語北部方言(今帰仁村,瀬底島の諸⽅⾔など)の1⼈称複数「私たち」にはワッター系とアガ系の2系列あることが知られており,ワッター系は聞き⼿を含まない除外形,アガ系は聞き⼿を含む包括形であるというのが定説である(内間1979ほか多数)。ところが,現在発表者が進めている調査により,今帰仁村謝名⽅⾔はこの定説によっては説明できない体系を持ち,かつこれまで類型論で知られている除外・包括のいかなる体系とも異なることが明らかとなった。本発表では,現時点で得られている限られた調査データをもとに,この方言の体系の類型的位置付けも議論してみたい。

  • Session 8: 13:00〜13:40

    宮川創(京都大学)
    「構文から体言化接辞へ:古代エジプト語からコプト語への通時的変化における構文文法化の一側面」

    • エジプト語は、紀元前3,200年頃の原エジプト文字資料から、ヒエログリフなどで書かれた古代エジプト語の多種多様な諸文献を経て、コプト・キリスト教の典礼や言語復興運動の中で現在も使用されているコプト語まで、約5,200年間という世界最長の書記記録を持つ言語である。世界最長期間の書記記録を用いて言語変化を追える利点を生かして、エジプト語における文法化研究が近年盛んになっている (Grossman & Polis 2014, Haspelmath 2014 など)。一方、理論言語学の分野では、構文文法と文法化理論の接点が近年注目されてきており (Hopper & Traugott 2003, Himmelmann 2004 など)、英語のbe going to V (Bybee 2003: 146) など、構文から文法化が生じる現象の研究が発展してきている (Coussé et al. 2018 など)。本発表は、構文文法と文法化理論の接点における研究への寄与を目的に、世界最長の書記記録を持つエジプト語の通時的変化における、構文から体言化接辞への文法化を分析する。コプト語サイード方言のref-INF (e.g., ref-šmše-eidôlon “idol-worshipper”)、pet-V (e.g., pet-nanou-f “good thing / good man”)、rmn-N (e.g., rmn-kême “Egyptian / man of Egypt”) などの体言化接辞 ref-、pet-、rmn-は、それぞれ古代エジプト語の以下の(1)–(3)の構文から文法化したものだと考えられている (Černý 1976: 136, Kupreyev 2020: 99 など)。

      (1) ref-V(P) ← [NP rmṯ [CP jw-f V(P)] ] : [NP man.SG.M [CP SBRD-3SG.M V(P) ] ] : “man who V(P)”
      (2) pet-V(P) ← [DP pꜣ [CP ntï V(P) ] ] : [DP DEF.SG.M [CP REL.SG.M V(P) ] ] : “the one who V(P)”
      (3) rmn-N ← [NP rmṯ [PP nï N ] ] : [NP man.SG.M [PP GEN.SG.M N ] ] : “man of N”

       本発表では、近年の構文文法理論と文法化理論の接点における議論を踏まえながら、上記の(1)、(2)、(3) の文法化を検証し、体言化接辞への文法化の途中でそれぞれ(1’) [NP [ rmṯ jw-f ] V(P) ]、(2’) [NP [ pꜣ ntï ] V(P) ]、(3’) [NP [ rmṯ nï ] N ] への構文変化 (constructional change) が生じたことを提示する。

      参照文献:
      Bybee, J. (2003). Mechanisms of change in grammaticization. The role of frequency. In: R. Janda, & B. Joseph (eds.), Handbook of historical linguistics, 602–623. Oxford: Blackwell Publishers.
      Coussé, E., Andersson, P., & Olofsson, J. (2018). Grammaticalization meets construction grammar: Opportunities, challenges and potential incompatibilities. In: E. Coussé, P. Andersson, & J. Olofsson (eds.), Grammaticalization meets Construction Grammar, 3–19. Amsterdam: John Benjamins.
      Černý, J. (1976). Coptic Etymological Dictionary. Cambridge: Cambridge University Press.
      Grossman, E., & Polis, S. (2014). On the pragmatics of subjectification: The grammaticalization of verbless allative futures (with a case study in Ancient Egyptian). Acta Linguistica Hafniensia, 46(1), 25–63.
      Haspelmath, M. (2014). The three adnominal possessive constructions in Egyptian-Coptic: Three degrees of grammaticalization. In: E. Grossman, M. Haspelmath, & T. S. Richter (eds.), Egyptian-Coptic linguistics in typological perspective, 261–288. Berlin: Mouton de Gruyter.
      Himmelmann, N.P. (2004). Lexicalization and grammaticalization. Opposite or orthogonal? In: W. Bisang, N. Himmelmann, & B. Wiemer (eds.), What makes grammaticalization? A Look from its Fringes and its Components, 21–42. Berlin: Mouton de Gruyter.
      Hopper, P., & Traugott, E.C. (2003). Grammaticalization. Cambridge: Cambridge University Press.
      Kupreyev, M. (2020). Demonstrative pronouns and articles in Egyptian and Coptic: Emergence and development. Doctoral dissertation, Freie Universität Berlin.

  • Session 9: 13:55〜14:35

    青木博史(九州大学)
    「日本語史における文相当句の名詞化」

    •   古代日本語における格助詞「の」は述語用言を承けないが,例外的に次のような場合がある。

      (1)丹波道の大江の山のさな葛絶えむの心我が思はなくに(万葉集,巻12・3071)

      モダリティ助動詞「む」を用いた「文」相当の句に,「の」が後接している。
       中世語においても,例外的に,文中に「文相当句」が現れる場合がある。

      (2)誰かは思ひよらざらんなれども,折からの思ひかけぬ心地して(徒然草,41段)
      (3)是ニハ誰ガ似ウゾナレバ,箕子ゾ(周易抄,巻4・28ウ)

      助動詞「む」や終助詞「ぞ」に,コピュラの「なり」を含む接続助詞が後接している。
       このような“例外”は,コーパスを利用することで容易に検索することができ,その“例外”の内実を詳細に観察することができる。これらはいずれも,「文」を「引用句」として名詞化したものと考えられる。〈「……」という気持ち〉〈「……」といっても〉〈「……」というと〉のように,現代語であれば「という」が用いられるところ,古典語では用いられなかったわけである。
       文末を印づける終助詞「ぞ」やモダリティ助動詞が文中で用いられる同趣の例として,間接疑問文が挙げられる。

      (4)何ト義理ヲ付ウズヤラ知ラヌホドニ推シテ義ヲ付ルゾ(蒙求抄,巻5・21オ)
      (5)内に御ざ有かぞんぜぬが,うけ給れば(虎明本狂言,梟)

      終助詞「やら」「か」が文中に移動しており,文法化(主観化)の一方向性の反例とされることもある。これも,間接疑問節は述語の項として機能するのであるから,文相当句の名詞化と言える。そして,「やら」による間接疑問節が格助詞を伴った場合は「引用」と解釈され,その成立に関与した可能性が考えられる。

      (6)シカトドレガヨカラウズヤラウヲ知ラヌ(漢書抄,巻3・53ウ)

       以上,本発表では,これまで説明されることのなかった「文相当句の名詞化」という観点から,日本語史上における3つの事象について論じる。

  • Session 10: 14:50〜15:30

    青柳宏(南山大学)
    「日韓語の動詞多重接辞化の生産性について」

    • 日本語においては使役受動形サセ・ラレのような多重接辞化が生産的である。一方、現代標準韓国語(ソウル方言)にも使役接辞、受動接辞は存在するが、多重接辞化は一般に許されず、除外型の受身も存在しない。また、日本語で授受動詞が文法化し補助動詞化した「て・やる」、「て・もらう」のうち韓国語には前者に該当する~e cwu-taしか存在せず、さらに前接可能な動詞は日本語より限られている。ところが、慶尚方言、済州方言などにはいまだに多重接辞の例が存在し、韓国標準語にもその名残が散見される。さらに、興味深いことに上述の韓国標準語の補助動詞の発達の程度は、首里語などの琉球語と似ている。これらの事実を日本語における「正の」文法化と韓国語における「負の」文法化という観点から整理し、理論的に検証可能な仮説を提案するのが本発表の目的である。

  • 挨拶:中山俊秀(東京外国語大学)15:40〜15:45
     
本ワークショップは、科学研究費・基盤研究(C)「言語変化と言語発達の比較に基づく普遍文法とミクロパラメータの解明」、東北大学運営費交付金、および、AA研基幹研究「多言語・多文化共生に向けた循環型の言語研究体制の構築(LingDy3)」研究経費による補助を受けています。
問い合わせ先: 小川芳樹 @