ワークショッププログラム08
東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」共催
第8回ワークショップ
(AA研共同利用・共同研究課題理論言語学と言語類型論と計量言語学の対話にもとづく言語変化・変異メカニズムの探求」 第5回研究会)
2022年3月8日(火)
会場:Google Meetによる遠隔会議形式(参加用URLは参加申し込みされた方に配布)
参加申し込みは、こちらからお願いします。
3月8日(火)
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挨拶:小川芳樹(東北大学):10:20〜10:25
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Session 1:10:25〜11:00 (発表35分のあと質疑応答15分; 以下同)
石崎保明(南山大学)
「後期近代英語期における所格交替について」-
英語には、(1)に示されるような所格交替(locative alternation)とよばれる現象がある(本稿では、場所(truck)と物材(hay)を表す句の統語的な生起位置に応じて、(1a)タイプを場所目的語構文、(1b)タイプを物材目的語構文とよぶことにする)。
(1) a. John loaded the truck with hay. [場所目的語構文]
b. John loaded hay onto the truck. [物材目的語構文]
2つの構文間で交替を許すいわゆる所格交替動詞は、おおむね、[塗り込み](e.g. smear, rub)、[積み上げ](e.g. heap, pile)、[放出](e.g. spray, sprinkle)、[詰め込み](e.g. cram, jam)、[積み込み](e.g. load)、の5つの出来事タイプに分類されることが多い(e.g. Pinker(1989)、Goldberg(1995)、岸本(2001))。所格交替およびそのような交替を許すとされる所格交替動詞のふるまいについては、これまで、もっぱら現代英語に対して活発な議論がなされているものの、それらの歴史的な観点からの考察は小川・石崎・青木(2020)などにみられるのみである。
ところで、構文文法では構文(construction)は「形式と機能(意味)のペア」と定義され、そのそれぞれが独立した存在物とみなされている。Goldbergのよる構文文法の枠組みでは、たとえ交替に関わる2つの構文の意味が類似していても形式が異なっている場合は別の構文とみなされることから、所格交替を含む交替現象に観察される意味上の類似性は単なる付帯現象であると考えられている。
本発表では、上述の研究上の背景を踏まえ、後期近代英語期の言語資料を収めたCLMET(The Corpus of Late Modern English Texts)を用いて、上記5つのタイプに属するいくつかの動詞の関連する構文内での使用状況を調査し、同じタイプに属している動詞であっても所格交替に関わる構文間でのふるまいが異なることをみる。さらに、通時的構文文法の観点から、2つの構文の後期近代英語期から現代英語にかけての歴史的発達を考える。
References (selected)
Goldberg, Adele E. (1995) Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure, University of Chicago Press, Chicago.
岸本秀樹(2001)「壁塗り構文」『日英対照 動詞と意味と構文』影山太郎(編), 100-126, 大修館書店,東京.
小川芳樹・石崎保明・青木博史(2020)『文法化・語彙化・構文化』開拓社,東京.
Pinker, Steven (1989) Learnability and Cognition: The Acquisition of Argument Structure, The MIT Press, Cambridge/MA.
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Session 2: 11:20〜11:55
前田雅子(西南学院大学)
「肥筑方言のガ・ノ交替の統語特性と言語変化について」-
日本語の肥筑方言のノ格主語は、標準語の名詞句内のノ格主語とは異なる特徴を示すことが観察されている。例えば、標準語の名詞句内のノ格主語は非能格自動詞節に生起できるが、肥筑方言のノ格主語は非能格自動詞節に生起しない。
(1) a. [DP [子どもが/の 笑った]時]を思い出した。(標準語) (Miyagawa 2013: 10)
b. 花子が/*の 笑った。 (長崎方言) (Ochi 2017: 684)
また、標準語の名詞句内のノ格主語は他動詞節に生起できないが、肥筑方言のノ格主語は、目的語がかき混ぜられると他動詞節に生起できる(加藤 2005)。
(2) a. [子どもが/*の マフィンを 食べた時]、隣の部屋にいた。 (標準語)
b. [マフィンを 子どもが/*の 食べた時]、隣の部屋にいた。
(3) a. 子どもが/*の マフィンば 食べた。 (長崎方言)
b. マフィンば 子どもが/の 食べた。
本発表では、まず、上記のような述部制限に加え、提示文制約、反話題/焦点特性などの肥筑方言のノ格主語の統語的特徴を概観する(Nishioka 2013)。次に、肥筑方言のノ格主語の言語変化についての予備研究として、Ogawa (2018)の標準語名詞句内のノ格主語の研究に倣い、1970年代―2010年代に出版された長崎方言の小節・漫画10編の中から、ノ格主語会話文とガ・ハ格主語会話文を目視で拾い集め、ノ格主語の述部制限についての言語変化を調査した結果を提示する。
参考文献:
加藤幸子. 2005. 「熊本方言における「が」と「の」の使い分けに関して」 東北大学言語科学論集, 25-36.
Miyagawa, Shigeru. 2013. Strong uniformity and ga/no conversion. English Linguistics 30 (1), 1-24.
西岡宣明. 2013. 「熊本方言から見る日本語の主語の統語位置」『言語学からの眺望 2013』福岡言語学会 (編), 176-188. 福岡.
Ogawa, Yoshiki. 2018. Diachronic syntactic change and language acquisition: A view from nominative/genitive conversion in Japanese. Interdisciplinary Information Sciences 24, 91-179.
Ochi, Masao. 2017. Ga/no conversion. In Masayoshi Shibatani, Shigeru Miyagawa, and Hisashi Noda (eds.), Handbook of Japanese Syntax, Boston/Berlin: Mouton de Gruyter.
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Session 3: 13:10〜13:45
米田信子(大阪大学)
「バントゥ諸語の「主語」のプロパティに関するマイクロバリエーション」-
アフリカ大陸赤道以南に広く分布するバントゥ諸語の基本語順はSVOである。したがって文頭は「主語の位置」である。後続する動詞には、主語名詞に一致した形で現れる「主語接辞 (SM)」と呼ばれる文法呼応接辞が付く。ところが多くのバントゥ諸語において文頭は「主題の位置」でもある。主題化されている主語とそうでない主語を位置で区別する言語もある(e.g. マテンゴ語 (2))。さらに、SMが主語に限らず文頭の要素に一致する言語もある(e.g. ルワンダ語 (3))。
(1) Mgeni a-li-nunu-a matunda.
1.客 SM1-PST-買う-FV 6.果物
「客が果物を買った。」(スワヒリ語)
(2) a. María dʒu-hík-ití.
1.マリア SM1-到着する-PRF
「マリアは来た。」 Maríaは主題
b. dʒu-hík-ití Marî:a.
SM1-到着する-PRF 1.マリア
「マリアが来た。」 Maríaは非主題
(3) Igitabo cyi-ra-som-a umuhuûngu.
7.本 SM7-PRS-読む-FV 1.少年
「本は少年が読んでいる。」
このように、バントゥ諸語のなかには文頭位置およびSMとの一致対象という本来は「主語」が持っているとされる性質を主題が担う言語もある。一般的に主語は主題性が高く、主語と主題の性質が類似していたり境界が曖昧であることは不思議ではないが、主語に求められる主題性の程度、すなわち「主語として扱われるために必要な主題性」には言語間に違いが見られる。本発表では、①文頭位置、②SMとの一致対象という2点に注目し、バントゥ諸語における主語と主題との関係、およびそこに見られるバリエーションを報告する。
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Session 4: 14:05〜14:40
杉崎鉱司(関西学院大学)
「UGに基づく母語獲得研究:英語におけるwh不定詞節の獲得を事例として」-
ヒトの「こころ」の様々な領域において、その発達には先天的要因と後天的要因の両方が関与しており、発達の過程はその相互作用によって説明されるべきものであることが明らかとなっている。生成文法理論は、母語知識の獲得をその典型であると考え、生後取り込まれる言語経験とヒトに遺伝により生得的に与えられている母語獲得専用の仕組み(UG)との相互作用によって母語知識が獲得されると仮定している。この仮説が正しければ、幼児の母語知識は最初からUGによって制約されており、その本質的な部分は成人と同質であることが予測される。本発表では、英語におけるwh不定詞節の獲得を事例として、この予測が妥当であるかどうかを検討する。具体的には、(1b)に示すように、英語ではwhyに導かれた不定詞節は非文法的となるが(Shlonsky 2011など)、英語を母語とする幼児がすでにこの点に関する知識を持つかどうかについて、幼児自然発話コーパス(CHILDES)を詳細に分析することによって明らかにする。この事例を用いて、UGに基づく母語獲得研究が何を目指し、どのように行われているのかについて解説する。
(1) a. I asked Bill how to solve this problem.
b. *I asked Bill why to solve this problem.
Shlonsky, Ur. 2011. Where’s ‘Why’? Linguistic Inquiry 42, 651-669.
杉崎鉱司. 2015. 『はじめての言語獲得−普遍文法に基づくアプローチ』岩波書店.
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Session 5: 15:15〜15:50
時崎久夫(札幌大学)
「言語地図と言語理論:Linguistic Atlas of Asia と WALS」-
2021年9月にLinguistic Atlas of Asia (LAA)(遠藤光暁(他)(編)、ひつじ書房)が発刊された。アジアの語族における基本語彙「太陽・稲・乳・風・鉄」、計数法、声調とアクセント、「雨が降る」の表現についての言語地図と解説を収録している。言語地図には、The World Atlas of Language Structure (WALS) (2005, 2013) が出版・公開されているが、アジアの言語を対象にしたものとして大きな意義がある。本発表では、LAA の特徴を概観し、言語理論研究での活用法を考察する。
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Session 6: 16:10〜16:45
岸本秀樹(神戸大学)
「複合動詞構文の縮約現象について」-
本発表では、日本語の複合動詞構文の一部において観察される縮約現象をとりあげる。縮約が起こった連鎖は、もともと複数の語からなるが、形態的に一体化することによって一語として振る舞うように見える。しかしながら、縮約された連鎖は、分析的な構造を持っており、統語構造と形態とでは不一致が起こっていることを示す。
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挨拶:小川芳樹(東北大学)17:00〜17:05
問い合わせ先: 小川芳樹 @