言語変化・変異研究ユニット Language Change and Language Variation Research Unit

ワークショッププログラム09

東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第9回ワークショップ

(AA研共同利用・共同研究課題「理論言語学と言語類型論と計量言語学の対話にもとづく言語変化・変異メカニズムの探求」 2022年度第3回(通算第8回)研究会)

2022年9月18日(日)

会場:Google Meetによる遠隔会議形式(参加用URLは参加申し込みされた方に、開催日前日に配布)

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9月18日(日)

  • 挨拶:小川芳樹(東北大学):10:00〜10:05
  • Session 1:10:05〜10:55 (発表35分のあと質疑応答15分; 以下同)

    宮川創(国立国語研究所)
    「エジプト語史におけるギリシア語との言語接触と語彙・文法借用」

     
    •  世界最長の書記記録をもつエジプト語史の後期において、ギリシア語との言語接触は大きな言語変化をもたらした。エジプト語話者とギリシア語話者との交流は商取引やギリシア人植民都市ナウクラティスなどから本格的に始まり、紀元前4世紀にアレクサンドロス大王の東方遠征によってギリシア人がエジプトを支配するようになると、ギリシア語が行政・文化の高位言語となり、エジプト語に大量の語彙をもたらした。ギリシア語からエジプト語への語彙の借用は、初期の頃は名詞、動詞、形容詞など、いわゆる「開いたクラス」に限られていたが、やがて、前置詞、接続詞など「閉じたクラス」にも現れ始め、エジプト語の最終段階であるコプト語では、語彙の多くをギリシア語系借用語が担うことになった。本発表では、コプト語を中心としたエジプト語史におけるギリシア語からの借用語彙と、近年研究が盛んになっている、ギリシア語の統語論のエジプト語への影響について、言語接触学と歴史言語学の観点から議論する。

  • Session 2: 11:00〜11:50

    南部智史(モナシュ大学)
    「言語変異の定量的研究:格助詞の交替について」

    •  日本語の格交替現象には様々な要因が関わる。例えば、項と述部との距離の効果についてはHarada (1971), 久野 (1973), Shibatani (1975)などによって古くから指摘されている。

      (1) 子供たち{が/*の} みんなで 勢いよく 駆け登った 階段 (Harada 1971)
      (2) 僕が寿司{*が/を} 君と 一緒に あそこに 見える 寿司屋で 食べたい。(Shibatani 1975)

       本発表では、コーパスと実験を用いた研究結果(南部 2007, Nambu and Nakatani 2015, Nambu et al. 2018, Nambu et al. to appear)を概観し、それぞれの格交替において、距離の効果を含め、格交替に影響を与える要因について考察する。例えば、述語との距離の効果は、属格主語では統語構造の高い位置にある副詞が介在する場合に表れ、主格目的語では述部と介在要素が構築する情報構造の影響を反映していることから、それぞれの格交替で見られる距離の効果はその原因が異なる。その他、主格目的語は「好き」などの語彙述部の場合には文の曖昧性による処理負荷によって容認性が低下することが指摘されており、定量的分析には様々な要因を考慮した多角的なアプローチが必要であることを議論する。

      Harada, Shin-Ichi. 1971. Ga-no conversion and idiolectal variations in Japanese. 『言語研究』 60, 25-38.
      久野すすむ. 1973. 『日本文法研』大修館書店.
      南部智史. 「定量的分析に基づく「が/の」交替再考」『言語研究』 131, 115-149.
      Nambu, Satoshi, Kentaro Nakatani. 2014. An experimental study on adjacency and nominative/genitive alternation in Japanese. In Formal Approaches to Japanese Linguistics 7, edited by Shigeto Kawahara and Mika Igarashi, p.131-142. MITWPL.
      Nambu, Satoshi, Hyun Kyung Hwang, David Y. Oshima, and Masashi Nomura. 2018. The nominative/accusative alternation in Japanese and information structure, Journal of East Asian Linguistics 27(2), 141-171.
      Nambu, Satoshi, David Y. Oshima, and Shin-ichiro Sano. to appear. The nominative-to-accusative shift in Japanese: Diachronic and synchronic considerations. Journal of Japanese Linguistics.
      Shibatani, Masayoshi. 1975. Perceptual strategies and the phenomena of particle conversion in Japanese. In Papers from the parasession on functionalism, ed. Robin E. Grossman, 469–480. Chicago: Chicago Linguistic Society.

  • Session 3: 13:00〜13:50

    佐藤陽介(津田塾大学)
    「内因的計算可変性と競合する文法」

    •  

       生成文法理論における「刺激の貧困からの議論」は、一次言語資料 (PLD)と矛盾しない文法群が存在する場合でも人は短期間のうちにその中から正しい文法を獲得できるという観察に基づき、PLDのみからそのターゲット文法の獲得を可能にする普遍文法 (UG)が生得的に脳の初期状態として存在するとする、同理論の根本的想定を支える論拠である。
       本発表では、この想定に反し、Han et al. (2007)に準じ、ある言語共同体において利用可能なPLDと矛盾しない複数の文法がUGにより許容される仮説形成空間に存在する場合、学習者は「同一言語」でも異なる文法を獲得する可能性があるとする提案 – 内因性計算可変性 (Endogenous Computational Variability/ECV)―を行う。この提案は、日本語、シンガポール英語、韓国語、トルコ語、中国語などの多様な構造の容認可能性やその可能な解釈に関する2タイプの話者の存在から支持される。
       ECVは、これからの生成文法の企ての理論・実践両面の研究に対して多くの波及効果をもたらす。第一に、ECVでは、同一言語共同体にも競合する文法を獲得する話者がいることから当該文法を完全には獲得できてはいないことになるため、共同体内のI言語というのはプロトタイプを共有する「近似値」に過ぎない。第二に、ECVは、共時的言語変化を、Anthony Krochらの「多重文法仮説」に基づく漸進的通時的変化と同列に扱うことを可能にし、今後この分野の研究を活発化させる指針を提供する。最後に、ECVは、生成文法統語論の常套手段である「我々の分析は、これこれこういうタイプの容認性判断をする話者の文法をモデル化する」という趣旨の「責任逃れ」は通用しないものであることを促す治療的価値を持つ。

  • Session 4: 13:55〜14:45

    縄田裕幸(島根大学)
    「英語の先行詞付wh関係節はどこから来たのか—自由関係節由来説の再検討—」

    •  古英語の指示関係代名詞が補文標識thatに変化した後,中英語期にwhich, who(m)といったwh語が関係代名詞に転用された。先行研究では一般的に,wh語が間接疑問文標識から自由関係詞,そして先行詞付関係詞の順に変化したものと考えられている。この説には一定の説得力があるものの,wh関係節の発達に関する2つの順序性を説明できない。(i) wh語はまず非制限関係節の標識として現れ,その後制限関係節でも用いられるようになった。(ii) はじめにwhichが先行詞付関係詞として発達し,その後でwho(m)が現れた。そこで本発表では,wh関係節の発達過程ではwhich節が主節と並列構造をなす段階が存在し,これが内心構造をなす制限関係節へと発達したと主張する。またMiyagawa (2022)に基づき,非制限関係節から制限関係節への発達を「節の縮小」として捉えられることを論じる。こう考えると,主節と同様の語順特性を示す非制限関係節でまずwh関係詞が用いられたことが自然に説明できる。またwhichがwho(m)よりも先に関係詞として発達したのは,もともとwhichが談話連結機能をもっていたからといえる。

  • Session 5: 14:50〜15:40

    柳朋宏(中部大学)
    「古英語・中英語における与格名詞句と遊離数量詞」

    •  

       本発表では、古英語・中英語における与格名詞句の数量詞の遊離可能性に焦点をあて、複数の構文で用いられる与格名詞句の主語性・目的語性について論じる。主格主語と対格目的語の形態統語的非対称性は、古英語・中英語の時代から観察されている。たとえば、数量詞遊離は通時的に主格主語からは可能だが、対格目的語からは一般的に観察されないことから、数量詞遊離は通時的に主格主語の特性だと捉えることができる。このような非対称的形態統語的特性を用いれば、古英語で観察されるto不定詞節中に生じる与格名詞句は、数量詞遊離が可能であることから、主格主語と同じ特性を有していると分析することができる。さらに、数量詞の遊離可能性から、与格経験者構文や非人称構文などに生起する与格名詞句の主語性・目的語性についても論じる。また、古英語・中英語において、主語性を示す与格名詞句と目的語性を示す与格名詞句が、時代が進むにつれ、どのような形態的統語的変化をたどったのかについても考察する。

  • Session 6: 16:00〜16:50

    森敏郎1, 東條有希2, 田中智之3, 田中祐太4(名古屋大学1,2,3・中部大学4
    「Get受動文の歴史的発達再考:Early English Books Online Corpusのデータからの新たな証拠」

    •  

       現代英語において受動文はbeあるいはgetを用いて表されるが、get受動文の歴史的発達について様々な観点から研究がなされてきた。近年の有力な先行研究であるHonda (2012)によれば、getに叙述形容詞だけでなく形容詞的受動分詞が後続するようになり、その後18世紀に再分析を経て動詞的受動分詞が現れるようになり、get受動文が確立した。また、Mori and Tanaka (2022)は19世紀にget受動文にby句が出現したことを指摘し、Hondaが提案する再分析の後に更なる構造変化が起こったことを提案している。これらの先行研究が提案する構造変化の時期は、史的電子コーパスThe Penn-Helsinki Parsed Corpus of Early Modern English, The Corpus of Late Modern English Texts, The Corpus of Historical American English, The Penn Parsed Corpus of Modern British English, 2nd Editionから得られたデータに基づくものであるが、本発表では初期近代英語期の大規模コーパスであるEarly English Books Online Corpusを用いて調査を行い、動詞的受動分詞を伴うget受動文とby句を伴うget受動文の出現時期は先行研究の観察よりも早く、それぞれ16世紀と17世紀であることを示す。そして、調査から得られたデータに基づき、get受動文の歴史的発達を再考する。

      参考文献:
      Honda, Shoko (2012) “On the Origin and Development of the Get-Passive: With Special Reference to Grammaticalization,” English Linguistics 29, 69-87.
      Mori, Toshiro and Yuta Tanaka (2022) “On the Historical Development of the Get-Passive  Construction,” Linguistics and Philology 41, 29-43.

  • Session 7: 16:55〜17:45 

    小川芳樹(東北大学)
    「V-Neg-V複雑述部の語彙的構文化と文法的構文化について」

    •  本発表では、日本語の[[V1-Neg]-V2]タイプの複雑述部のうち、(1)のタイプについては語彙的構文化が、(2)のタイプについては文法的構文化が関わることを主張する。

      (1) 学生が教室に/教室からいなくなった。
      (2) 若者が田舎に/*田舎から住まなくなった。

       具体的には、(1)では、「ない」は語彙的形容詞、「なる」は語彙動詞であって、「いなくなる」は、動詞編入の結果として、「なる」を中心語とする「語」を作る一方で、(2)では、「ない」は機能範疇Neg、「なる」も文法化により得られた機能範疇Aspであって、複雑述部「住まなくなる」の中心語は「住む」であると主張する。その上で、この2種類の複雑述部は、(1)と(2)に示すように奪格「から」を認可するかしないかで異なる以外にも、NPIの認可、Particle「も」の挿入位置、V2削除の可能性など、さまざまな統語テストによって峻別できることを示す。また、また、この「V+なくなる」タイプの複雑述部は、「ない」の文法化(KIshimoto 2013)が始まったあとの 18世紀後半に、まず文法的構文化により生じた構文であり、その後、(1)のタイプが語彙的構文化により生じたということを、日本語歴史コーパス(CHJ)の調査結果により示す。
       日本語の「ない」に機能範疇の用法しかなく、「語」の中に機能範疇が含まれるとすれば、語彙的緊密性の違反 (Bresnan and Mchombo 1995)、または、動詞編入にかかわる適正条件の違反(Li 1990)が生じるはずであるので、日本語に[[V1-Neg]-V2]タイプの「語」(= (1))と「句」(= (2))の両方が存在しうるという事実は、日本語に語彙的形容詞としての「ない」と機能範疇としての「ない」の両方が存在するというKishimoto (2013)の主張を支持する。
       
      参考文献:
      Bresnan, J., Mchombo, S. A., 1995. The lexical integrity principle: Evidence from Bantu. Natural Language and Linguistic Theory 13, 181-254.
      Kishimoto, H., 2013. Verbal complex formation and negation in Japanese. Lingua 135, 132-154.
      Li, Y., 1990. X0-binding and verb incorporation. Linguistic Inquiry 21, 399-426.  

  • 挨拶:中山俊秀(東京外国語大学)17:45〜17:50
     
本ワークショップは、科学研究費・基盤研究(C)「言語変化と言語発達の比較に基づく普遍文法とミクロパラメータの解明」、東北大学運営費交付金、および、AA研基幹研究「多言語・多文化共生に向けた循環型の言語研究体制の構築(LingDy3)」研究経費による補助を受けています。
問い合わせ先: 小川芳樹 @