言語変化・変異研究ユニット Language Change and Language Variation Research Unit

ワークショッププログラム10

東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第10回ワークショップ

(AA研共同利用・共同研究課題理論言語学と言語類型論と計量言語学の対話にもとづく言語変化・変異メカニズムの探求」 2022年度第6回研究会との共催)

2023年3月19日(日)〜 3月20日(月)

会場:Google Meetによる遠隔会議形式(参加用URLは参加申し込みされた方に配布)

参加申し込みは、こちらからお願いします。  

 

3月19日(日)

  • 挨拶:小川芳樹(東北大学):13:00〜13:05
  • Session 1:13:05〜13:55 (発表35分のあと質疑応答15分; 以下同)

    佐野真一郎(慶應義塾大学)
    「コーパスを用いた「ら抜き言葉」の分析: 音韻論的・社会言語学的観点から」

     
    •  本研究では,国立国語研究所による『中納言』から利用できるコーパスを用いた「ら抜き言葉」の数量的分析の結果を報告する。音韻論の観点からは、話し言葉と書き言葉のコーパスにおける分布をもとに、必異原理(OCP)による一致回避・分節音レベルの異化が、ら抜き言葉にどのような形で現れるかを検証した。子音の一致、母音の一致、音節の一致、変格活用動詞・使役の助動詞における一致を対象とした。分析の結果、話し言葉・書き言葉共通で、ら抜き化には一致回避のための阻止効果と促進効果が見られ、その効果は、音節の一致で最も強く、以下母音の一致、子音の一致となっていた。その他、一致回避の適用範囲が形態素境界間であることや、活用型による非対称性が示された。社会言語学的側面については、5つのコーパスを対象として、各コーパスの特徴とら抜き言葉の分布から、話し言葉・書き言葉の別、時代、発話形式、スタイルの影響を推測した。分析の結果、ら抜き言葉は、1)書き言葉よりも話し言葉に、2)古いデータよりも新しいデータに、3)独話よりも会話に、4)あらたまった発話よりもくだけた発話に現れやすいことが確認された。また、見かけ時間分析と性別の検討から、言語変化が備える性質も確認された。

  • Session 2: 14:00〜14:50

    下地理則(九州大学)
    「琉球諸語の双数形式の起源と発達過程の推定」(3月10日差し替え)

    •  琉球諸語には本土方言と違い双数形がみられる方言が散見される。例えば奄美大島湯湾には wa-ttəə 「私たち(2人)」があり,これは複数形waa-kja 「私たち(3人以上)」と対立する。本発表では,双数形の共時的な変異をもとに,琉球祖語に遡るとみられる双数形の起源形式を再建し,そこから双数形へと発達していく過程を推定する。本発表では,現代の諸方言にわずかにみられる特異な複数表現,すなわち1人称単数属格形(「我が」)+数詞を用いた構造体(属格数詞構造体)に着目し,これを双数形の起源形式として琉球祖語に再建する。そして,属格数詞構造体の数詞が「2人」の形式が双数形に変化していったとの見解を示す。

  • Session 3: 15:10〜16:00

    小川芳樹(東北大学)・縄田裕幸(島根大学)
    「個体レベル所有構文としての与格主語構文の発達とFinP」

    •  所有関係は、言語によって、他動詞HAVEを使って表現される場合と、自動詞BE+場所の接置詞を用いて表現される言語があることが知られている。Freeze (1992)は、所有の他動詞HAVEは、それをもつ言語では普遍的に、繋辞BEへの場所の接置詞の編入により派生されるとした上で、(1a)の「場所叙述構文」、(1b)の「存在構文」、(1c)の「所有構文」の3構文は共通の基底構造をもつと主張した。

      (1) a. その本は机の上にある。/ The book is on the table.
        b. 机の上に(は)本がある。/ There is a book on the table.
        c. 太郎に(は)財産がある。/ John has a car.

      日本語統語論研究では、(1b)の存在構文と(1c)の与格主語構文は、表層主語が異なるとの論考はある (Shibatani (1977), Kishimoto (2000))。しかし、基底構造の同一性については、管見の限りでは、否定も肯定もされていない。
      本発表では、Freeze (1992)の通言語的一般化を認めつつ、日本語の与格主語構文は、共時的には、(1b)の存在構文とは異なる基底構造をもつとの前提に立ち、以下の4点を主張する。

      (2) a. 「いる/ある」に限らず、あらゆる与格主語構文は所有構文の一種である。 (cf. Noonan (1992), Harves and Kayne (2012))
        b. 所有構文は個体レベル述語文であり、与格主語は、TPよりも上の機能範疇FinPの指定部に基底生成された「場面設定の場所句」である。(cf. Diesing (1992), Rizzi (1997), Maienborn (2001))
        c. [Spec, Fin]は主題卓越言語では主語位置として機能する(Nawata (2019))。
        d. 通時的には、与格主語構文は存在構文から発達したものであり、鎌倉時代に登場して以降、「統語的構文化」により、現代までに、その所有構文としての頻度と変種を増やしつつある。(cf. Ogawa (2014))

      (2a-c)の主張に対する根拠としては、「自分」の束縛可能性、所有者項と場所項の共起可能性、数量詞の作用域解釈、主語の定性、与格主語構文に課される意味的制限、HAVEなし言語の1つであるアイルランド語における諸事実などを扱う。(2d)については、Sadler (2002)も類似の観察を行なっているが、本発表では、CHJとBCCWJの独自の調査に基づき、場所句存在構文から与格主語所有構文が発達してきたプロセスを示す。つまり、Freeze (1992)の主張は共時的には正しくないが、通時的な構文どうしの連続性が当該の通言語的一般化を成立させていると主張することになる。

      引用文献:
      Diesing, Molly (1992) Indefinites, MIT Press, Cambridge, MA.
      Freeze, Ray (1992) “Existentials and Other Locatives,” Language 68, 553-592.
      Harves, Stephanie and Richard S. Kayne (2012) “Having ‘Need’ and Needing ‘Have’,” Linguistic Inquiry 43, 120-132.
      Kishimoto, Hideki (2000) “Locational Verbs, Agreement, and Object Shift in Japanese,” The Linguistic Review 17, 53-109.
      Maienborn, Claudia (2001) “On the Position and Interpretation of Locative Modifiers,” Natural Language Semantics 9, 191–240.
      Nawata, Hiroyuki (2019) “Quirky Experiencer Subject Constructions as Locative Inversion,” Studies in Modern English 35, 111-139.
      Noonan, Máire (1992) “Statives, Perfectives and Accusativity: The Importance of Being HAVE,” WCCFL 11, 354-370.
      Ogawa, Yoshiki (2014) “Diachronic Demorphologization and Constructionalization of Compounds from the Perspective of Distributed Morphology and Cartography,” Interdisciplinary Information Sciences 20, 121-161.
      Rizzi, Luigi (1997) “The Fine Structure of the Left Periphery,” Elements of Grammar: Handbook of Generative Syntax, ed. by Liliane Haegeman, 281-337, Kluwer, Dordrecht.
      Sadler, Misumi (2002) Deconstructing the Japanese Dative Subject Construction, Doctoral dissertation, University of Arizona.

  • Session 4: 16:05~17:35

    遠藤喜雄(神田外語大学)<招聘講師>
    「疑問文のカートグラフィー」

    •  本発表では、カートグラフィー(the cartography of syntactic structures)という文法モデルを用いてさまざまな言語の疑問文を分析する。特に以下の点を論じる。

      1)カートグラフィーの紹介
      2)疑問文の類型論: 標準的と非標準的
      3)非標準的な疑問文の特徴:口調の強弱
      4)口調の強弱を調整する要因
      5)口調の強さを測る尺度と統語的な効果
      6)言語発達への示唆;ASD

      まず、カートグラフィーとは何かを自らが行なってきた研究をもとにしながら、具体例を用いてわかりやすく紹介する。次に、疑問文は、大きく聞き手から答えをもめる標準的なタイプとそうでない非標準的なタイプとに分かれることを見る。そして非標準的な疑問文は、話し手の聞き手に対する口調の強弱を持つことを見ながら、その口調の強弱を調整する要因やメカニズムを論じる。さらには、口調を強める疑問文には攻撃性に関わる素性があることを指摘し、その素性を持つ疑問文が弱い島(weak islands)を逃れる効果を持つことを示す。最後に、口調の強さという視点から自閉症スペクトラム者が持つ言葉の問題を眺めることで理論言語学の研究が社会に貢献できる可能性を探る。

  • Session 5: 17:40〜18:30

    石崎保明(南山大学)
    「英語におけるSprayクラス所格交替動詞の歴史的発達について」

    •  現代英語(PDE)のsprayはloadとともに所格交替を示す代表的な動詞として知られているが、sprayは後期近代英語期(LModE, 1700-1920)ではほとんど動詞としてさえ使われていなかったことが分かっている(cf. 小川・石崎・青木(2020))。他方、LModE期のloadは、もっぱら場所目的語構文(e.g. load the truck with hay)の中で用いられており、物材目的語構文(e.g. load hay onto the truck)としてはほとんど用いられていなかった。つまり、これら2つの代表的な所格交替動詞は、ともにLModE期ではPDEのような所格交替を示しているとは言えない状況であったということになる。
       動詞sprayにおいて興味深いのは、これが動詞として使われ始めたPDEには早々に2つの交替形に生起可能となっていたという事実である。本発表では、sprayが動詞として使われる前の時期に当たるLModE期の言語状況を考えてみたい。具体的には、Pinker (1989)などで分類されているsprayクラスの動詞のLModE期における使用の状況を観察し、同じsprayクラスに分類されている動詞のLModE期における使用状況はそれぞれで異っているものの、sprinkleやsplashのようにどちらの交替形とも比較的バランスよく共起する動詞もあり、このような多様な動詞の存在がsprayの所格交替動詞としての使用につながった可能性を指摘する。

  • 挨拶:中山俊秀(東京外国語大学)18:30〜18:35
     

    3月20日(月)

    • Session 6: 10:00〜10:50 (発表35分のあと質疑応答15分; 以下同)

      時崎久夫(札幌大学)・桑名保智(旭川医科大学)
      「膠着性に関する含意的普遍性」

      •  「ある言語がAの特性を持てば、その言語はBの特性を持つ」という含意的普遍性(implicational universal)として観察されてきたものには、膠着性(agglutination)に関わるものがある。Frans Plank らによる The Universals Archive には、これまでの研究で指摘されてきた、膠着性に関わる27の普遍性が集められている。代表的なものとしては、「ある言語が目的語–動詞の語順をとれば、その言語の形態は膠着的である」(Lehmann 1973) がある。語順の他にも、膠着性は、母音調和やピッチ・アクセント、境界表示的強勢、接辞の長さ、文法性を持たないこと、名詞類を持つこと、などとの相関が指摘されてきた。
         この発表では、音韻・形態・統語の全体的類型論から、これらの含意的普遍性の正当性を検討し、正当と考えられる普遍性について、生成文法の枠組みを用いて理論的に説明したい。結論としては、語頭に強勢を持つ言語は、外在化の際に主要部後置の語順で連接の強い左枝分かれの構造となり、それが膠着性や母音調和などを生じさせる、ということを論じる。

        引用文献: Lehmann, Winfred P. (1973). A structural principle of languages and its implications. Language 49: 47-66.
         

    • Session 7: 10:55〜11:45

      髙橋康徳(神戸大学)・陳凱僑(神戸大学大学院)
      「広東語とベトナム語における離合詞の「他動性」比較:言語内拡散と言語間借用の差異」

      •  本発表では、離合詞という語彙グループの「他動性」について広東語とベトナム語の振る舞いを比較する。離合詞とは中国語に存在する語彙グループで「動詞+目的語」という構造を取る(例:「分類」「辞職」)。この語構造のため離合詞は目的語をさらに後続することに強い制限が働いていたが、近年の普通話(北京語)研究では「目的語を後続できる離合詞」の例が複数指摘されている。一方、中国南方で使われる広東語では離合詞の目的語後続が北京語よりも容認されず、北京語が主導する文法変化がそれほど波及していないことを陳(2022)が指摘した。逆にTakahashi (2022)は、中国語からベトナム語に借用された離合詞は北京語よりも目的語後続の制限が緩いことを示した。
         以上のことは、言語内拡散(北京語→広東語)と言語間借用(中国語→ベトナム語)では離合詞の他動性について全く逆の作用を持っていることを示唆するが、広東語とベトナム語の振る舞いについて調査条件を揃えた比較は未だに行われていない。そこで本研究では条件を揃えた調査を行い、広東語とベトナム語で離合詞の他動性にどのような差異があるのかを詳細に考察する。

        引用文献:
        陳凱僑. 2022. 「語構造の観点から見た広東語フットの考察」日本言語学会第164回大会予稿集, 184-190.
        Takahashi, Yasunori. 2022. The Grammatical Nature of Sino-Vietnamese “Verb-Object Compounds”. Papers from the 30th Meeting of the Southeast Asian Linguistic Society (2021). 233-243.

    • Session 8: 13:00〜13:50

      杉崎鉱司(関西学院大学)・小川芳樹(東北大学)
      「日本語における右方周縁部の獲得:自然発話分析に基づく予備的研究」

      •  本研究は、CHILDESデータベース(MacWhinney 2000)に含まれる日本語を母語とする幼児の自然発話コーパスを詳細に分析することにより、母語獲得に対するUGの関与に対し、日本語獲得から新たな証拠を提示することを目的とする。具体的には、日本語の埋め込み文を導く補文標識である「か」および「と」との間の語順に焦点を当て、日本語を母語とする幼児が(1a)のような補文標識の正しい順序を伴った埋め込み文を含む発話を示す一方で、(1b)のような誤った順序を伴った埋め込み文を含む発話は行わないという事実を明らかにする。この事実は、日本語の右方周縁部の階層構造がUGの属性によって制約されているというSaito (2012)の分析の予測するところと合致するものであることを主張する。

        (1) a. 太郎は [CP 花子が学校に来るかと] 聞いた。
           b. *太郎は [CP 花子が学校に来るとか] 聞いた。

        引用文献:
        MacWhinney, Brian (2000) The CHILDES Project: Tools for Analyzing Talk, 3rd edition, Lawrence Erlbaum Associates, Mahwah, New Jersey.
        Saito, Mamoru (2012) “Sentence Types and the Japanese Right Periphery,” Discourse and Grammar: From Sentence Types to Lexical Categories, ed. by Günther Grewendorf and Thomas Ede Zimmermann, 147-176, De Gruyter Mouton, Berlin.

    • Session 9: 13:55〜14:45

      岸本秀樹(神戸大学)
      「「なぜ」疑問文の特異性について」

      •   通言語的にWH疑問詞のうち、whyは特殊な振る舞いをすることが知られている。本発表では、Ko (2005)で提案された日本語や韓国語のようなWh-in-situ言語において、why(日本語では「なぜ」)が(主節において)[Spec, CP]に基底生成されるという提案を批判的に検討する。本論では、主に日本語を用いて、why(「なぜ」)は [Spec, CP]に基底生成されるのではなく、TP内からCPへ非顕在的なWH移動を起こすことを示す。より具体的には、WH疑問を形成することができる領域がTPより下位の投射であることをWH疑問化と分裂文の事実から確認する。さらに、「なぜ」が非顕在的に移動することにより優位性の効果を示すという新たなデータを提示する。これらのデータから、「なぜ」が[Spec, CP]に現れるのは非顕在的な移動の結果であって、この位置に「なぜ」が基底生成されることはないと主張する。

    • 挨拶:小川芳樹(東北大学)14:45〜14:50
       
    本ワークショップは、科学研究費・基盤研究(C)「言語変化と言語発達の比較に基づく普遍文法とミクロパラメータの解明」、東北大学運営費交付金、および、AA研基幹研究「多言語・多文化共生に向けた循環型の言語研究体制の構築(LingDy3)」研究経費による補助を受けています。
    問い合わせ先: 小川芳樹 @