言語変化・変異研究ユニット Language Change and Language Variation Research Unit

ワークショッププログラム12

東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第12回ワークショップ

(AA研共同利用・共同研究課題理論言語学と言語類型論と計量言語学の対話にもとづく言語変化・変異メカニズムの探求」 2023年度第5回研究会との共催)

2024年3月29日(金)〜 3月30日(土)

会場:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)304号室(マルチメディア会議室)にて対面開催、および、Google Meetによるハイブリッド会議形式(会議資料およびオンライン参加用URLは参加申し込みされた方に配布)

参加申し込みは、こちらからお願いします。なお、メールアドレス入力欄には、G-mailアドレスを入力してください。対面参加の方には、会場へのアクセスはこちらをご覧ください。  

 

3月29日(金)

  • 挨拶:小川芳樹(東北大学):9:00〜9:05
  • Session 1:9:05〜9:55 (発表35分のあと質疑応答15分)

    岸本秀樹(神戸大学)
    「名詞述語構文の再帰代名詞束縛について」

    •   本論では、日本語の名詞述語構文の中でも指定文における代名詞束縛について検討する。指定文では、主語名詞句と述語名詞句の入れ替えができるが、主語指向性をもつ再帰代名詞束縛は、名詞述語以外に主題項が現れる構文と主題項に加えて経験者項が現れる構文で異なる分布が観察される。特に、後者の構文では、経験者項が再帰代名詞をc-統御していなくても束縛が可能な場合がある。本論では、再帰代名詞束縛が経験者のLF移動によって可能になることを論じる。

  • Session 2: 10:00〜10:50(同上)

    南部智史(モナシュ大学)
    「複数のコーパスを用いた言語変異としての格助詞の研究−言語外的要因の調査−」

    •   本研究では、複数のコーパスを用いて言語変異としての格助詞交替(がの交替、がを交替)の調査を行い、言語変異の使用を取り巻く言語外的要因(社会的要因)を分析するとともに、言葉の変化が社会を通してどのように進行しているのかについても探索的に議論する。格助詞の交替現象については、理論的観点から交替可能な言語環境など統語条件に関する研究が数多く行われており、また、その言語環境に関してコーパスを利用した定量的調査も行われてきた一方で、バリエーションとしての格助詞の選択に言語外的要因がどの程度関わっているかについてはあまり議論されてこなかった。本発表では、異なる特徴を持つコーパス間の比較やコーパスに付随する情報を活用することで、言語使用の場面や話者または書き手の(社会集団としての)属性といった社会的要因が言語変異の選択に影響を与えているのか考察する。また、言語変化に関しては、社会的要因を調査することで規範意識などを含めてそれぞれの言語変異が社会にどのように認知されているかの理解を深め、各変異で観察されている言語変化を推進する力となる社会的要因の存在について議論する。

  • Session 3: 10:55〜11:50(同上)

    青柳宏(南山大学)
    「二方向文法化仮説再考」

    •  生成統語論の枠組みでは、外項(EA)を導入するVoice/vや内項(IA)が現れるVPの上下にさらにアスペクト(Aspect)、適用形(Applicative)などの機能範疇主要部が現れるとする提案がある(アスペクトについては、Borer (2005), Travis (2010)、適用形については、Pylkkänen (2000, 2008), McGinnis (2001))。
       さらに、発表者は、文法化(grammaticalization)の方向には二方向あり、構造的により高い方向(語彙範疇から機能範疇)への文法化(functionalization, Roberts & Roussou (2003))に加えて、分散形態論でいう語根への編入(radicalization, Aoyagi (2017))も存在すると提案した。後者の典型的な例は、釘貫(1996)が「語幹増加」と呼んだ、動詞の自他交替現象(eg. ag -> ag-ar、ok -> ok-os)である。この現象は一種のヴォイス交替であるが、外項を導入し文のヴォイスを決定するVoiceとどう連関しているかは未だ明らかではない。
       この問題を再考するのが、本発表の狙いである。

  • Symposium 1: 13:00~16:10 (各講師35分の発表のあと、全体で質疑応答・討論50分)

    「言語獲得と言語変化の事実・一般化と言語理論」

    •   生成文法理論では、統語部門に閉じた原理やパラメータなどの道具立ての極小化を目指す最近30年間の流れの中で、言語に特化されない認知能力や物理法則のような第三要因による統語現象の説明が目指されてきた。ただ、この指針が、通時的言語変化、言語間変異、言語獲得について従来から判明していた事実や、新たに発見される事実に対して説明力を増すのか、あるいは、やはり豊かな文法原理とパラメータが必要なのかは、生成文法の中でも大きく意見の割れる複数の立場が存在する。また、生成文法理論に対するアンチテーゼとして提案された認知言語学にも、統語と意味の両方に関わるあらゆる文法現象を言語に特化されない認知的な原理によって説明しようとする「認知文法」の立場や、あらゆる形式と意味のペアを「構文」とみなす「構文文法」の立場があり、それぞれ、共時的観点や通時的観点から活発な議論が行われている。どの枠組みから言語知識に接近するにせよ、意味と統語の両面が関係する母語の獲得については、プラトンの問題(言語獲得の論理的問題)や、記憶の容量などについての制約や臨界期もある中で、どの幼児も概ね共通の進度と順序をもって進み、共通の年齢までにほぼ均質的な状態に至るのであり、それを可能にする脳内メカニズムについての真実は1つしかないはずなので、両分野が、互いに対立するのではなく真理の解明という共通の目的のために相互に理解を深めるべく、対話を続ける場がなくてはならない。
       本シンポジウムでは、4人の講師がそれぞれ、生成文法または構文文法の立場から、英語の受動分詞を伴う場所句倒置構文、英語の所格交替を含む各種交替現象、英語の数量詞遊離、日本語の形式名詞の文法化を各論として取り上げ、当該構文の歴史的発達と関連する現象の関係はどう説明されるべきか、”構文どうしのネットワーク”としての”交替”を認めるべきか否か、通時的な文法化と幼児による言語発達のプロセスはどの程度、同じ原理に支配されているのか、といった総論についての議論と相互理解を深めたい。

  • 発表 1-1

    田中智之(名古屋大学)
    「受動分詞を伴う場所句倒置構文の歴史的発達」

    •  現代英語の受動分詞を伴う場所句倒置構文において、主語は受動分詞の前に現れることができず、受動分詞に後続する語順のみが容認される。

      (1) a. *In the lake were three fish caught.
       b. In the lake were caught three fish. (cf. Rezac (2006: 685))

       また、現代英語の場所句倒置は主節と限られた種類の従属節のみで許される、いわゆる主節現象であるが、これは受動分詞を伴う場所句倒置構文にも当てはまる特性である。
       一方、初期英語のデータを見てみると、主語が受動分詞に先行する位置に生じている場所句倒置構文が観察される。さらに、一般に主節現象を許さないとされる時の副詞節などの従属節において(cf. Haegeman (2012))、受動分詞を伴う場所句倒置構文が見られる。
       本発表では、歴史コーパスを用いて調査を行い、古英語から近代英語における受動分詞を伴う場所句倒置構文の発達について、特に主語の位置とそれが生じる節タイプに注目し、その全体像を明らかにする。そして、同じく主語が規範的主語位置である[Spec, TP]よりも低い位置に現れるが、対照的な振る舞いを示す受動分詞を伴うthere構文の歴史的発達と比較しながら(cf. Honda and Tanaka (2023))、VP内の基底語順の変化、機能範疇の出現、動詞移動の消失などの要因と関連付けることにより、受動分詞を伴う場所句倒置構文の歴史的発達について説明を試みる。

      (2) a. There were several large packages placed on the table.
       b. * There were placed several large packages on the table.
      (cf. Chomsky (2001: 20))

      参考文献
      Chomsky, Noam (2001) “Derivation by Phase,” In Kenstowicz, Michael (ed.) Ken Hale: A Life in Language, 1-52, MIT Press, Cambridge, MA.
      Haegeman, Liliane (2012) Adverbial Clauses, Main Clause Phenomena, and the Composition of the Left Periphery, Oxford University Press, Oxford.
      Honda, Shoko and Tomoyuki Tanaka (2023) “On the Development of Passive Expletive Constructions in the History of English,” Gengo Kekyu 164, 93-109.
      Rezac, Milan (2006) “The Interaction of Th/Ex and Locative Inversion,” Linguistic Inquiry 37, 685-697.

  • 発表 1-2

    石崎保明 (南山大学)
    「(通時的)構文文法における“交替”とは?」

    •  交替(alternation)は現代言語学の専門用語として十分に定着したものとなっている。構文文法の研究においてもこの用語がしばしば用いられるが、その理論上の位置づけは必ずしも明確なものではない。
      構文文法では、派生による接近法で議論されてきたような意味での“交替”という現象は理論上の位置づけを持たない、というGoldbergの主張がこれまでの定説のようになっていたが、近年になって、本当に交替を単なる付随的な現象と断じてよいのか、構文文法の理念(とりわけ言語知識の解明)に照らして“交替”を言語現象として扱う意義があるのではないか、という議論が出ている。
       本発表では、共時的な理論としての構文文法の観点、さらには構文の歴史的発達を扱う通時的構文文法(Diachronic Construction Grammar)の観点から、交替現象をどのように理解するべきなのかについて、一度立ち止まって考えてみたいと思う。具体的には、いわゆる“交替”とされる現象の少なくともいくつかの事例は、共時的には異なる構文ファミリーに属するものを結びつけたものである(e.g. Goldberg (1995, 2002, 2006))。しかしながら、そのような構文のペアが通時的にも常に無関係であるとはかぎらない。このことから、(通時的)構文文法においても交替は研究するに値する現象であることを指摘したい。

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    発表 1-3

    小川芳樹(東北大学)
    「文法化の順序と幼児の獲得の順序に見られる符合
    -形式名詞「こと」「ところ」「はず」についての考察-」

    •  現代日本語に数ある形式名詞のうち、「こと」「ところ」「はず」は、接尾辞的な性質をもつだけでなく、繋辞「だ/ある」などと結びついて名詞性を失い、複数の文法化した(複合助動詞)用法をもつ。日本語歴史コーパス(CHJ)の収録データは、これら3つの語彙の7つの複合助動詞用法が、全体としては(1)のように、各語彙については(2a-c)に示す順序で発達してきたことを示す(cf. 笹栗 (1998), Ohori (2000), 加藤 (2010))。

      (1) 名詞用法のみ(8〜10世紀)→アスペクト用法(11〜16世紀)→肯定の認識様態モダリティ用法(17〜18世紀)→ 否定の認識様態モダリティ用法(18世紀)→ 命令モダリティ用法(19世紀)
      (2) a. N/A/VP+こと→〜したことがある→〜のこと{が/を}+V/A→〜することだ
       b. N/A/VP+ところ→〜{した/している}ところだ→〜どころではない
       c. (矢筈→)〜するはずだ→〜するはずが{ない/ありません}

       ところで、これら9つの用法を幼児が獲得する時期と順序を、CHILDESに発話データが収録されている9人について調べたところ、どの幼児についても、その獲得順序は、上記(1)と(2a-c)とほぼ一致していただけでなく、早発用法については2歳から3歳前半までに獲得するが、後発用法については5歳でも獲得できていない場合があった。また、早発用法でも、指示代名詞「これ」、副助詞「は」、格助詞「が/を」、ある種の複合形容詞、ある種の複文、wh疑問文よりは獲得時期が遅かった(獲得の時期と順序の算定方法についてはStromswald (1996), Snyder (2007)の指針に従う)。
       本発表では、文法化と言語獲得に共通するこの特徴を偶然ではなく必然であると仮定し、その事実に対して、Cinque (2006)の普遍的機能範疇階層、Roberts and Roussou (2003)の文法化の分析、Chomsky (2001)のフェイズ理論、獲得についてのCournane (2016)の仮説などに基づく統一的な説明を試みるとともに、生成文法理論の極小主義プログラムと認知言語学の接点を探る。

      参考文献(抜粋):
      Cinque, Guglielmo (2006) Restructuring and Functional Heads: The Cartography of Syntactic Structures, Volume 4, Oxford University Press, New York.
      加藤重広 (2010)「日本語における文法化と節減少」Asian and African Languages and Linguistics 5, 35-57.
      Ohori, Toshio (2001) “Clause Integration as Grammaticalization: A Case from Japanese tokoro-Complements,” Cognitive-Functional Linguistics in an Easy Asian Context, ed. by Kaoru Horie and Shigeru Sato, 279-301, Kurosio Publishers.
      笹栗淳子 (1998)「名詞句のモダリティとしてのコト-「Nのコト」と述語の相関から-」,アラム佐々木幸子(編)『言語学と日本語教育-実用的な言語教育の構築を目指して-』,161-176, くろしお出版.
      Snyder, William (2007) Child Language: The Parametric Approach, Oxford University Press, Oxford.
      Stromswald, Karin (1996) “Analyzing Children’s Spontaneous Speech,” Methods for Assessing Children’s Speech, ed. by D. McDaniel, C. McKee, & H. S. Cairns, 23–53, MIT Press, Cambridge, MA.

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    発表 1-4

    杉崎 鉱司(関西学院大学)
    「英語における遊離数量詞の統語構造:幼児英語獲得からの視点」

    •  英語において、allのような数量詞は、(1a)のように主語名詞句内に現れることも、(1b)のように主語名詞句から離れて現れることも可能である。(1b)のような数量詞は遊離数量詞(floating quantifier)と呼ばれる。

      (1) a. All my students will pass the exam.
       b. My students will all pass the exam.

       Bobaljik (1995)などによると、(1b)のallはprobablyのような副詞であり、(1a)のallとは種類が異なる要素である。一方、Doetjes (1997)やFitzpatrick (2006)およびTanaka (2022)などによると、(1b)のallは(3)に示されるように音形を持たない代名詞proを含んでおり、そのproが主語名詞句と同一の指標を持つことによって修飾関係が形成されている。

      (2) My students1 will [QP all pro1] pass the exam.

       これらの分析を英語獲得の観点からとらえると、もし副詞的分析が正しければ、(1a)のallと(1b)のallは別の種類の要素であるため、それらの間に一定の獲得順序は期待されず、幼児によって獲得順序が異なりうるはずである。一方、空代名詞分析が正しければ、幼児が(1b)のような遊離数量詞の知識を獲得するためには、「数量詞は(常に)名詞句・代名詞句を伴う」という知識が必要となるため、(1b)のような遊離数量詞を含む文は(1a)のような数量詞が名詞句に含まれる文よりも先に獲得されることはないはずである。つまり、(1b)のような文は(1a)のような文と同時か、それより後に獲得されることが期待される。
       本研究では、CHILDESデータベースに含まれる英語を母語とする幼児の自然発話を詳細に分析することにより、上記の予測のどちらが妥当であるかを検討する。それを通して、母語獲得からの証拠が、対立する統語分析のいずれがより適切であるかを示しうることを主張する。

  •  
    招聘講演: 16:20〜17:50

    ナロック・ハイコ(東北大学)
    「文法化におけるスコープと一方向性」

    •  Lehmann 1995[1982] は、有名な文法化の 6 つのパラメーターの 1 つとして「構造上のスコープ」を提案した。少なくともTabor & Traugott (1998) 以来、数多くの反例とされるものが指摘されてきた。それに加えて、Narrog (2012)などの文法化に関するカテゴリ固有の研究や、機能主義的談話文法 (Hengeveld 2017) やミニマリズム (Roberts 2010) などの構文理論では、反対方向の変化、つまりスコープの拡大は文法化において一方向的であると主張している。したがって、スコープというパラメーターは決定的ではない、または信頼できないものとされてしまった (Norde 2012 を参照)。
       このプレゼンテーションでは、スコープの変化は不確実で、基本的に方向性がないという考え方、およびそのような反例として主張されているもののほとんどが、スコープ等の言語カテゴリーがデータの中に自然に内在するという誤った考え方に基づいていることを示す。それらを定義し、概念化するのは研究者である。レーマンの「構造上のスコープ」という考えと現代統語論におけるスコープとは全く異なる概念である。レーマンが主張した構造上のスコープは、文法化の特定のケースに合体や脱カテゴリー化などの形式的な還元的変化が含まれる限り、文法化において実際に縮小されます。反面、現代の構文理論で理解されるスコープは一方向に拡大する。したがって、どちらの主張も、それ自体のスコープの概念においては真実である。ただし、レーマンのスコープ概念とそれに基づいた仮説は、文副詞への変更など、独立した単語を含む文法化には当てはまらないため、相対的に弱い。

      参考文献
      Hengeveld, Kees. 2017. A hierarchical approach to grammaticalization. In: Hengeveld, Kees, Heiko Narrog & Hella Olbertz (eds.) The Grammaticalization of Tense, Aspect, Modality and Evidentiality, 13-37. Berlin: Mouton de Gruyter.
      Lehmann, Christian. 1995[1982]. Thoughts on Grammaticalization. Revised and expanded version. München: Lincom Europa.
      Narrog, Heiko. 2012. Modality, Subjectivity and Semantic Change. Oxford: Oxford University Press.
      Norde, Muriel. 2012. Lehmann's parameters revisited. In: Davidse, Kristin et al. (eds) Grammaticalization and Language Change. New Reflections, 73-109. Amsterdam: Benjamins. Roberts, Ian. 2010. Grammaticalization, the clausal hierarchy and semantic bleaching. In: Traugott, Elizabeth Closs and Graeme Trousdale (eds.) Gradience, Gradualness and Grammaticalization, 45-73. Amsterdam: John Benjamins.
      Tabor, Whitney & Elizabeth Closs Traugott. 1998: Structural scope expansion and grammaticalization. In Anna Giacalone Ramat and Paul J. Hopper (eds.) The Limits of Grammaticalization, 229-72. Amsterdam/Philadelphia: John Benjamins.

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3月30日(土)

  • Session 5: 10:00〜10:50 (発表35分のあと質疑応答15分)

    佐野真一郎(慶應義塾大学)
    「日本語の有声対立における対立的強調発音のキュー固有性」

    •   自然発話において、最小対の競合相手が存在する場合に、単語を区別する音声的キューが強調されることがある(対立的強調発音、contrastive hyperarticulation)。本発表では、これまでの研究に基づき、日本語の破裂音のVOT(有声開始時間)に焦点を当て、対立的強調発音のキュー固有性について、音声コーパスを用いて調査した結果を報告する。分析の結果、語彙の中に最小対の競合相手が存在すると、対象となる音のVOTの持続時間が強調発音されることが確認された(有声破裂音の場合はより短く、無声破裂音の場合はより長くなる)。一方で、他の対立(単音と促音)ではそれが観察されなかった。このことは、対立的強調発音のキュー固有性が通言語的に見られることの追加の証拠を提供する。また分析結果から、対立的強調発音がslow/clear speechよりもくだけたな話し言葉と相性がよいこと、単語内の位置に敏感であること(語頭よりも語中でより大きい)、および強調の度合いが、破裂音の性質により、英語よりも日本語で大きいことが示唆される。  

  • Session 6: 10:55〜11:45 (同上)

    宮川 創(国立国語研究所)・ヴィンセント・W・J・ヴァン・ヘルヴェン・ウーイ(Vincent W.J. van Gerven Oei)(カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校)
    「ナイル・ヌビア諸語の関係節における属格主語」

    •  本発表は、ナイル・ヌビア諸語における関係節中の属格主語に関する新たな知見を提示する。これまで大きく見過ごされてきたナイル・ヌビア諸語が、属格主語を含む関係節の類型論において重要な位置を占めることを明らかにする。特に、ナイル・ヌビア諸語のうち、古ヌビア語とノビーン語に焦点を当て、これらの言語がどのようにして属格主語を関係節内で使用しているかを詳細に分析する。

  • Symposium 2: 13:00~16:10 (各講師35分の発表のあと、全体で質疑応答・討論50分)

    「言語内外の構造的多様性と言語理論」

    •  言語研究の大きな目的は言語現象に見られる規則性、体系性を生み出しているシステムを明らかにすることである。人間言語の数は多いが、それらが共通の認知基盤の上に実現されていることは議論するまでもない。しかしながら、その共通基盤の内容を明確にするまでにはまだまだ道のりが長い。言語間の構造的多様性は、単に表層的なものではなく、語順体系(時崎・桑名の語順システムの研究)や構造変化の仕方などにおいても違いを示す(下地の除括性対立の変化に関する通言語的法則性の研究)。また、ジャンルによって、作用する規則がばらつくといった事実も観察される(中山・堀内の会話における不完全構造発話の研究)。さらに、一つの言語コミュニティー内での文法知識のばらつきの可能性も指摘される(佐藤の主要部移動パラメター設定に関する日本語話者の分断の提案)。本セッションでは、こうした言語間、言語内に見られる構造規則のばらつきが言語に関する一般理論の形にどのような示唆があるのかについても考えたい。

  • 発表 2-1

    下地理則(九州大学)
    「除括性の対立の消失過程について:琉球諸語の事例から 」

    •  1人称における除外と包括の対立(除括性)に関する研究において、除括性は概して変化しにくく、また変化するとすれば包括形が除外形の領域に拡大して使用されて一般化していくという普遍法則が提案されている(Filimonova 2005のGeneralization 13)。
      本発表では、琉球諸語のデータをもとに、内的再建と比較、そして文献による直接的検証の3つの側面からこの普遍法則を検証する。その結果、この法則が必ずしも通言語的に成り立つわけではないことを示すとともに、包括形ではなくむしろ除外形が一般化していくというプロセスが琉球諸語ではかなり大規模に見られること、そしてそれは動機づけられた変化であることを指摘する。

  • 発表 2-2

    佐藤陽介 (津田塾大学)
    「項省略、語用論的拡充と主要部移動:なぜ日本語はそんなに特別(では)な(い)のか?」

    •   これまでの先行研究 (Oku 1998; Takahashi 2008; Funakoshi 2016; Kobayashi et al. 2023; Tanabe and Kobayashi 2024など)では、日本語の項省略 (Argument Ellipsis)がいわゆる「付加詞包含読み」(adjunct-inclusive reading)を許すかどうかについての議論が大きな論争となっている。しかし、マンダリン語、ベンガル語、ヒンドゥー語、マラヤーラム語、インドネシア・マレー語、ジャワ語、ペルシャ語、シンガポール英語など、項省略を持つとされるそのほかの言語では、日本語と違って、かなり限られた状況を除けば、付加詞包含読みがほぼ認められないことが知られている (Aoun and Li 2008; Simpson et al. 2014; Li 2014; Sato 2014, 2015:Sato and Karimi 2016など)。
       本発表では、なぜこのような差が項省略言語で生じるのかを研究上の問いと定め、以下の二つの主張を行う。第一に、上記の項省略言語間の差の存在は、近年注目されている付加詞包含読みに対するいわゆる語用論的拡充 (pragmatic enrichment)に基づく接近法 (Recanati 1989, 2010: Ahn and Cho 2021: Landau 2023)の根底を揺るがすものである。語用論上の推論は言語間変異を受けない普遍的な推論と考えられるからである。この結論は、同時に、ある言語で成り立つ複数の分析が競合しそのどちらが正しいかを決定する手掛かりが当該言語内部で見つからないような場合に言語類型論的視点がその解決にとって何より不可欠であることを意味する。第二に、日本語のこれまでの文献で報告されている付加部包含読みの可否に関する判断の揺れは統語論にその根源を持つ。具体的には、Han et al. (2007, 2016), Roeper (1999)、 Yang (2000)などで提案されている「複数文法仮説」(multiple grammar hypothesis)に依拠し、言語獲得上主要部移動の有無を決定する一次言語資料が日本語にはないと想定されるため、普遍的に利用可能な主要部移動を使う日本語話者と使わない日本語話者が分かれてしまう「日本語話者の分断」(Japanese population split)が存在するという提案を行う。この提案によれば、主要部移動パラメターがネガティブにセットされている話者の文法では従来の項を対象とした項省略のみが可能であるため付加詞包含読みを許さないが、当該パラメターがポジティブにセットされている話者の文法では、Vの上位範疇への主要部移動の結果付加部を含むVPを省略することができるため、付加詞包含読みが可能となる。この提案が正しければ、言語変異に直面した場合、競合する仮説Aか仮説Bのうちどちらがより正しいかという凝り固まった考えよりも、どちらも仮説も一理ありどのような状況下でどちらの仮説がより妥当かというより柔軟な視点を養うことの重要性を示唆する。

  • 発表 2-3

    中山俊秀(東京外国語大学)・堀内ふみ野(日本女子大学)
    「『不完全構造』の発話とその文法システム上の位置付け」

    •   本発表では、日本語の日常会話の発話頭で用いられる不完全構造の発話に着目し、その形式と機能を概観し、さらにそうした不完全な構造を持った構文の発達が文法システムの特性について示唆することを考える。具体的には、自分の話に対して相手からの反応、相槌があった後に使われる「な感じですね」などの付属要素で始まる表現を取り上げる。こうした発話は先行する発話とは別の発話として発され、構造的には自己完結しないという意味で「不完全な構造」を持っている。しかしながら、会話の中の使われ方は明らかなパターンを成しており、その機能も比較的安定的に特定することができる。こうした逸脱的形式を持つパターンは文法システムの特性を考える上ではどのように位置付けられ、関係付けられるべきであろうか。本発表では、文法をコミュニケーションにおける言語使用の中で形成されるシステムとして捉える用法基盤言語学の観点から考察する。  

  • 発表 2-4

    時崎久夫(札幌大学)・桑名保智(旭川医科大学)
    「目的語・動詞・斜格の語順と補部・付加部の区別」

    •   Dryer (with Gensler) (2013) は、目的語(O)・動詞(V)・斜格(X)の語順に関してVO言語とOV言語で違いがあることを指摘した。VO言語はほぼVOX語順であるが、OV言語はXOV, OXV, OVXの3つの語順タイプに分かれる。Hawkins (2008)は、OVX言語は主要部先頭語順(VO)的であると論じている。しかしながら、なぜOVX言語が、OVのような主要部−補部から成る構成素において主要部末尾語順を持つのかは明らかでない。この発表では、主要部−付加部からなる構成素は主要部−補部からなる構成素より主要部先頭語順になりやすいことを示す。そして、主要部−付加部の語順を、主要部−補部の語順と合わせて、一般的な主要部−従属部(head-dependent)の語順として扱うことができることを論じる。

      参考文献
      Dryer, Matthew S. with Orin D. Gensler. 2013. Order of Object, Oblique, and Verb. Dryer, Matthew S. & Haspelmath, Martin (eds.) The World Atlas of Language Structures Online. Max Planck Institute (http://wals.info/chapter/84)
      Hawkins, J. 2008. An asymmetry between VO and OV languages: The ordering of obliques. G. G. Corbett & M. Noonan (eds.) Case and grammatical relations: Studies in honor of Bernard Comrie, 167-190, John Benjamins.
       

  • 挨拶:中山俊秀(東京外国語大学)16:10〜16:15
     
本ワークショップは、科学研究費・基盤研究(C)「言語変化と言語発達の比較に基づく普遍文法とミクロパラメータの解明」、東北大学運営費交付金、および、AA研基幹研究「多言語・多文化共生に向けた循環型の言語研究体制の構築(LingDy3)」研究経費による補助を受けています。
問い合わせ先: 小川芳樹 @