言語変化・変異研究ユニット Language Change and Language Variation Research Unit

ワークショッププログラム14

東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第14回ワークショップ

2025年10月5日(日)

会場:Google Meetによるオンライン会議形式(会議資料およびオンライン参加用URLは参加申し込みされた方に配布)

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10月5日(日)

  • 挨拶:小川芳樹(東北大学):13:00〜13:05
  • Session 1:13:05〜13:55 (発表35分のあと質疑応答15分)

    佐藤陽介(津田塾大学)

    「ジャワ語における省略下の不一致について:どのヴォイスが静寂の中に聞こえているか?」

    •  Merchant (2013)以降、動詞句省略(VP-ellipsis)下ではヴォイスの不一致(voice mismatch)が許容される一方で、スルーシング(sluicing)下では許容されないという観察に基づき、統語的同一性条件(syntactic identity condition)に依拠した省略サイズを基軸とした理論的分析が展開されてきた。その一方で、マダガスカル語、タガログ語、カクチケル語、チュフ語など、後者の環境においてもヴォイスの不一致が許容される言語が存在することも報告されている(Potsdam 2003, 2007; Ranero 2021; Ranero and Royer 2024)。
       本発表では、この現在進行中の論点に関して、ジャワ語のスルーシング下でヴォイスの不一致が許容されると主張しているLennox et al. (to appear)の最新の研究を取り上げる。Lennox et al.は、この事実観察に基づき、ジャワ語のヴォイス体系 (voice system)をタガログ語やマダガスカル語に準拠した、いわゆるPhilippine-type voice systemを持つ左方周辺部のtopic agreementの形態的具現化 (Pearson 2005)として位置付けている。しかし、本発表では、この観察はジャワ語に関しては妥当ではないと主張する。具体的には、先行研究で提示されているジャワ語のwh疑問文の分裂文仮説(Adams 2003, 2005)に則り、ジャワ語においてヴォイスの不一致と見なされる現象は、スルーシングの派生の背後にある分裂文が生成する「幻想」であるという新たな分析を提案する。
       本分析が正しければ、ジャワ語のヴォイス体系に関しても、Merchant (2013)が英語で指摘したように、VP省略が対象とするVPレベルのVoice主要部に位置づけられる形態素であるという従来の結論 (Cole et al. 2008; Sato 2008, 2012, 2015など)が支持されることになる。

  • Session 2: 14:00〜14:50(同上)

    宮川創 (筑波大学)

    「コプト語リュコポリス方言(L5)における語順変化の考察」

    •  本研究は、コプト語リュコポリス方言(L5)における語順変化の可能性を理論的に検討する。古・中エジプト語のVSO語順からコプト語のSVO語順への歴史的推移を踏まえ、L5方言において更なる語順変化、特に後置主語構文の多用によるVOS語順の出現可能性を探究する。
       ヨハネ福音書の本方言訳に見られる方言で、4-5世紀の上エジプトで使用された。 Peter NagelやWolf-Peter FunkやRodolphe Kasserによる先行研究 では、L5の音韻論・形態論的特徴は記述されているが、統語的変異については十分に解明されていない。
       L5方言は、リュコポリス方言の下位方言のうち、ヨハネ福音書の本方言訳に見られる方言で、4-5世紀の上エジプトで使用された。 Peter NagelやWolf-Peter FunkやRodolphe Kasserによる先行研究 では、L5の音韻論・形態論的特徴は記述されているが、統語的変異については十分に解明されていない。
       本研究は、L5コーパスの体系的分析を通じて、VOS語順の萌芽的証拠を探索することを提案する。アフロ・アジア語族における VOS 語順の類型論的位置づけ、 およびエジプト語からコプト語への統語変化の連続性の中で、L5 の位置を再評価する必要性を論じる。その際、情報構造や言語接触からの影響の可能性についても考察する。この探索は、コプト方言学および歴史統語論に新たな視座を提供することを目指す。

  • Session 3: 15:05〜15:55(同上)

    時崎久夫 (札幌大学)・桑名保智(旭川医科大学)

    「TBA」
    •  TBA

  • Session 4: 16:00~16:50(同上)

    下地理則(九州大学)

    「南琉球宮古語伊良部島方言における再帰代名詞を用いた「物語の1人称」用法」

    •  本発表では、南琉球宮古語伊良部島方言における再帰代名詞nara「自分」が、物語談話において特別な用法を持つことを記述する。それは、(1)に示すように、登場人物のセリフにおける「私」に代わって用いられる用法であり、本発表ではこれを仮に「物語の1人称用法」と呼ぶ。

      (1)  agai, vva=ga ukagi=du nara=a ninginnasiuiba. arigatoo! ukka=u=mai turadjaan=ti.
         ああ 2SG=の おかげ=ぞ RFL=は 人間であるよ ありがとう 借金=を=も 取るまい=と
      「ああ、お前のおかげで私iは人心を保てるよ。ありがとう!もう借金など取るまい」と(借金取りiが言った)
         (グロスのRFLは再帰代名詞。iは照応関係を示す。以下の例文も同じ)

      物語の1人称用法には、以下の3つの目立った特徴がある。
      (2) 引用発話(セリフ)内のnaraを、通常の1人称代名詞ban「私(=話し手)」に置き換え不可。
      (3) 引用発話を閉じる発話マーカー(伝聞助詞=ca「だとさ」、引用標識=ti「と」)は必須だが、「(〜と)言った」などの、埋め込み発話述語はしばしば脱落。
      (4) 物語の1人称としてnaraを使えるのは、物語の中でも主人公のみである傾向が非常に強い。

       (2)(3)(4)全てにおいて「自分がやります」のような日本語の「自分」の1人称用法と異なる。上記の特徴を踏まえ、物語の1人称用法がいかにして再帰代名詞と関連づけられるかを述べる。上で述べたように、再帰代名詞はその節における主語と照応するとされるが、(5)のような発話述語文に関しては、その発話者と照応できる(Hagège 1974の用語に従えば「ロゴフォリック」である)。

      (5) ziroo=ja  taroo=ga nara=ga jaa=n=du ur=ti astar.
         次郎=は 太郎=が RFL=の  家=に=ぞ いる=と 言った
       「次郎iは、太郎が自分iの家にいると言った」(naraの属する節の主語は太郎;発話者は次郎)

      物語文では引用発話に対する発話マーカーの接続が必須だが((3)参照)、これらのマーカーは発話述語と同様にロゴフォリックな解釈を喚起すると考えられ、これによってnaraが、物語における発話者を照応先とすることが可能になる((1)の照応関係を参照)。これが物語の1人称である。ロゴフォリックな用法から発達し、物語文に多用されていく過程で、(3)の発話述語の脱落が生じ、また(4)の機能が新たに備わっていったと考えられる。物語ではさまざまな登場人物の引用発話を語り手が一手に引き受けることになるが、その際、(4) は合理的な発話者同定手段(reference-tracking device) となる。本発表の最後には、他の宮古語のデータも参照しながら、naraのロゴフォリックな用法をさらに理論的な側面から検討する。
      ここで宮古語以外に目を転じると、アイヌ語において、物語の1人称に使われるとされてきた代名詞(田村1972)が、ロゴフォリシティの観点で分析できるとの研究がある(Bugaeva 2008)。宮古語でも、再帰代名詞に関して同様の現象が見られるというのが本発表の結論である。

  • Session 5: 16:55~17:45(同上)

    杉崎 鉱司(関西学院大学>

    「日本語における単語内の省略を禁ずる制約の獲得」

    •  日本語にはスルーシング・N'削除・項省略など、さまざまな省略現象が存在することが知られている。しかし、そのような日本語においても、単語の一部を省略することは不可能である。具体的には、(1)の文が「太郎はネコ(の形をした)パンを食べたが、花子はどんな種類のパンもいっさい食べなかった」という解釈しか持たず、「花子はネコパンを食べなかった(が、他の種類のパンは食べた)」という解釈を許容しないことから、複合名詞の一部(この場合は、「ネコパン」の「ネコ」の部分)を省略できないことがわかる。

      (1) 太郎はネコパンを食べたが、花子はパンを食べなかった。

       本発表では、日本語を母語とする3歳から6歳の幼児19名を対象とした実験の結果に基づき、これらの幼児が「複合名詞の一部を省略することを禁ずる制約」についてすでに成人と同質の知識を持つことを示す。それにより、母語獲得過程が生得的な言語機能によって支えられているという生成文法理論の仮説に対し、日本語獲得からの新たな証拠を提示することを目的とする。

  • 挨拶:小川芳樹(東北大学)17:45〜17:50
     
本ワークショップは、科学研究費・基盤研究(C)「日本語の和語構文と漢語構文と中国語の比較に基づく普遍文法とミクロパラメータの解明」、東北大学運営費交付金、および、東北大学研究プロジェクト「新領域創生のための挑戦研究デュオ:鳥類コミュニケーションシグナルの解析から理解する言語の生成と認知の脳内機構」研究経費による補助を受けています。
問い合わせ先: 小川芳樹 @