ワークショッププログラム16
東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催
第16回ワークショップ
2026年10月3日(土)~10月4日(日)
会場:情報科学研究科棟2階中講義室 & Google Meetによるオンライン会議形式(会議資料およびオンライン参加用URLは参加申し込みされた方に配布)
参加申し込みは、こちらからお願いします。なお、メールアドレス入力欄には、G-mailアドレスを入力してください。
10月3日(土)
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挨拶:小川芳樹(東北大学):13:00〜13:10
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Session 1:13:10〜14:05 (発表35分のあと質疑応答20分)
宮川創(筑波大学 / 産業総合研究所人工知能研究センター)
「コプト語における後置主語構文の方言的拡大
―ボハイラ方言・サイード方言・リュコポリス方言のコーパス比較―」-
本発表では、コプト語における後置主語構文の分布を、ボハイラ方言、サイード方言、リュコポリス方言のコーパスに基づいて比較する。ここでいう後置主語とは、方言ごとの後置主語標識、すなわちボハイラ方言の nče-、サイード方言の nci-、リュコポリス方言の či- によって導入され、自動詞節では動詞の後に、他動詞節では動詞および目的語の後に置かれる名詞主語を指す。後置主語標識を伴わず、単に主語が動詞の後に現れる例や、他動詞節において主語が動詞と目的語の間に置かれる例は、本発表における後置主語には含めない。
これまでの発表では、主としてサイード方言とリュコポリス方言の物語テクストを対象として、後置主語構文の分布と、それを条件づける統語的・談話的要因を検討した。本発表では、新たにボハイラ方言のデータを加え、三方言のコーパスから各後置主語標識を伴う用例を抽出し、その頻度と使用環境を比較する。分析に際しては、自動詞節と他動詞節の区別、動詞の項構造、主語および目的語の形式、主語の定性・有生性・談話上の地位、情報構造、テクストのジャンル、さらに翻訳テクストにおけるギリシア語原文の語順との対応を考慮する。
コーパス比較の結果、ボハイラ方言では、サイード方言およびリュコポリス方言よりも、後置主語標識を伴う主語が相対的に高い頻度で現れることが示される。とりわけ他動詞節において、主語が目的語の後に置かれる構文が、ボハイラ方言ではより広い統語的・談話的環境で認められる。この傾向は、特定の動詞やテクストに限定されるものではなく、ギリシア語原文の語順を直接反映した結果だけでは説明できない。
以上から、本発表では、後置主語標識によって明示される主語後置がコプト語の諸方言に一様に分布するのではなく、ボハイラ方言においてその使用頻度と適用範囲が拡大し、後置主語構文の一般化がより進んでいると論じる。この方言差を手がかりとして、コプト語における項の配列、情報構造、翻訳接触、および主語位置の歴史的変化の関係を再検討する。
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Session 2: 14:10〜15:05(同上)
柳 朋宏 (中部大学)
「古英語・中英語におけるV-to-T移動と副詞の分布」
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現代英語の助動詞と語彙動詞には、助動詞は副詞に先行するが語彙動詞は副詞に後続するという対比がみられる。このような対比は1600年頃の顕在的な動詞移動の消失により生じたものだと一般的に考えられている。本発表では、古英語から中英語にかけての助動詞・語彙動詞と副詞との相対語順を調査し、顕在的な動詞移動に関する助動詞と語彙動詞との対比は古英語期から観察されることを示す。具体的には、主格主語が文頭を占める節において、語彙動詞よりも助動詞の方が副詞に先行する傾向が強いことを示す。また、古英語では、大陸スカンジナビア語と同じように、V-to-T移動と動詞第2位 (V2) は独立して駆動されると論じる。
(本発表はYanagi (2026)の一部を発展させたものである)
Yanagi, Tomohiro (2026) “Verb second in the history of English revisited,” paper presented at the 18th Workshop on Phonological Externalization of Morphosyntctic Structure (Nagoya, Japan).
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Session 3: 15:10〜16:05(同上)
岳昱澎 (東北大学)・小川芳樹 (東北大学)
「中国語と英語と日本語の普遍数量詞に基づく焦点構文や譲歩構文などの発達過程について」
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中国語のdou/都 ‘all’は、普遍量化の遊離数量詞としての用法もあるが、名詞を前位修飾できず、前位修飾の形容詞suoyou ‘all’と共起できるほか、lian ‘even’と共起して焦点化子としても使うことができ、na-ge xuesheng ‘which student’などのwh句と共起して「どの生徒も〜」という意味の普遍数量詞や「どの生徒も〜ない」という意味の否定極性表現を作ることもでき、jiusuan ‘even’と共起して「たとえ〜しても」の意味の譲歩構文を作ることもでき、1930年代からは、(1)のように文頭に置いて意外性や驚きを表す標識として使えるようになっている (cf. Shichuan and Fu (2022), Xiang (2008))。
(1) Dou ji dian ne? Ni zenme hai mei shui.
DOU what time Q you how still not sleep
‘What time is it already? How come you haven’t gone to bed yet?’ (Xiang (2008: 238))
英語でも、allは、本来は普遍数量詞だが、単数名詞と共起して強意の副詞として用いる用法ももち(=(2))、譲歩の接続詞や副詞の一部としても使われ(=(3))、likeと同義の引用標識としても使われる(=(4))。Buchstaller and Traugott (2006)によれば、(2)の用法は古英語期から存在するが、中英語期に使用域が拡張した用法であり、(3)は中英語期に出現した用法であり、(4)のallは現代英語になって初めて出現した用法である。
(2) The boy might be all wet. (Buchstaller and Traugott (2006) = B&T)
(3) although, albeit, for all, all the same, etc. (König (1985))
(4) He’s all ‘Let me see your license is that your car?’ (B&T)
日本語でも、副助詞「も/でも」は、「誰もが/誰でも〜する」のような普遍数量詞構文でも、「太郎でも〜しない」のような焦点構文でも、「誰も〜しない」のような否定極性構文でも、「誰が説得しても動かない」のような譲歩構文でも使われる。
本発表では、これらの現象について、中国語のdouと英語のallと日本語の「も/でも」が、本来VP内に生じ得る普遍数量詞の構成要素が通時的にFocP主要部の焦点標識へ、更にForceP主要部の引用標識へと文法化し、上方再分析(Roberts and Roussou (2003))されてきたものの、再分析前の用法も保持化 (persistence)されてきた結果であると主張し、その通時的発達過程について統語論と意味論の両面から考察するとともに、文法化の起こり方に関する言語間の類似点と相違点についてもその理由を考察する。
Buschstaller, I. and E.C. Traugott (2006) “The Lady Was Al Demonyak: Historical Aspects of Adverb All,” English Language and Linguistics 10, 345-370.
König, E. (1985) “On the History of Concessive Connectives in English: Diachronic and Synchronic Evidence,” Lingua 66, 1-19.
Ogawa, Yoshiki and Yupeng Yue (2026) “On the Grammaticalization Link between Genitive Cases, Nominalizers and Nominal Linkers: A Diachronic and Cross-linguistic Perspective,” Interdisciplinary Information Sciences.
Roberts, I. and A. Roussou (2003) Syntactic Change: A Minimalist Approach to Grammaticalization, Cambridge University Press, Cambridge.
Shichuan, L. and Y. Fu (2022) “A Cartographic Analysis of Shi and Lian... Dou in Mandarin Chinese,” Cogent Arts & Humanities, 9(1), 1-28.
Xiang, M. (2008) “Plurality, Maximality and Scalar Inferences: A Case Study of Mandarin Dou,” Journal of East Asian Linguistics 17, 227-245.
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Session 4(招聘講演): 16:10~17:50(同上)
堀江薫(愛知大学・名古屋大学(名誉教授))
「日本語の「体言化(nominalization)」に関わる歴史変化の方向性:
文法化(grammaticalization) vs. 通時的構文文法(Diachronic Construction Grammar)」-
古典日本語文法と現代日本語文法の顕著な違いの一つは、(1)の俗謡の下線部に見られる「準体法」と、(2)の現代語訳の下線部に見られる「の」という、体言化の手段の違いである。これは古代語から現代語に至る過程で起こった、日本語史における重要な形態・統語変化によるものであり、現代語においても(1)の下線部のような準体法は完全に焼失したわけではなく、(3)のように環境によっては残存している。
(1) 土佐の高知のはりまや橋で[坊さんかんざし買う]を見た。(「よさこい節」)
(2) 土佐の高知のはりまや橋で[坊さんかんざし買う]のを見た。(現代語)
(3) うちからは、[松江に行く]よりむしろ札幌に{行くの/*行く}が便利です。(現代語)
本発表では、古代語から現代語に至る過程で生じた「体言化」に関わる通時的変化を記述・説明する上で「文法化(grammaticalization)」と「通時的構文文法(Diachronic Construction Grammar)」のいずれがより適切な分析的枠組みであるかを検討する。
References
Gildea, Spike, and Jóhanna Barðdal. 2022. From Grammaticalization to Diachronic Construction Grammar. Studies in Language 47.4, 1-40.
Traugott, Elizabeth, and Graeme Trousdale. 2013. Constructionalization and Constructional Change. Cambridge: Cambridge University Press.
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10月4日(日)
Session 5: 10:00〜10:55(発表35分のあと質疑応答20分)
佐藤陽介(津田塾大学)
「省略における統語的同一性違反の倍加的救済について:単なる錯覚か?」
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Stockwell (2025, 2026) は、Nakamura (2013)で観察されたデータに基づいて、単独省略 (lone ellipsis) において生じる態 (voice) の不一致に起因した同一性条件違反が、同様の省略を先行してもう一つ加えることで解消されるという観察を提示している。この現象は、英語のスルーシング構文の例を用いると、 (1a) と (1b) の文法性の対比によって例証される。
(1) a. *Not so much whether to teach the Bible in public schools, but by whom?
[active-passive voice mismatch under lone sluicing]
b. Not so much whether to teach the Bible in public schools, but how? And by whom?
[active-passive voice mismatch in a sluicing mediated by another intermediate sluicing]
(Stockwell 2026)
本発表では、この省略現象における統語的同一性条件の違反に対する二重省略 (double ellipsis) の救済効果について、日本語やジャワ語の事例を基に更なる実証を行う。これにより、類型的に異なる言語においても重複による救済 (repair by doubling) が一般的に認められることを示す。最後に、この効果のゆらいについて考察する。具体的には、本現象と Richards (1998) の最小遵守原理、ならびに一致牽引の容認性判断に関する先行研究との類似性に着目し、本発表が提示する救済効果は言語処理上の「錯覚」であるという仮説を提案する。本提案が妥当であれば、生成文法研究の知見と、認知言語学で議論されている「背景化」「前景化」の概念とを有機的に結び付ける新たな視点を提供できる。
参考文献
Nakamura, Taichi. 2013. Semantic identity and deletion. English Linguistics 30: 643–658.
Stockwell, Richard. 2026. Identity with double ellipsis. Natural Language & Linguistic Theory 44, Article 32.
https://doi.org/10.1007/s11049-026-09718-3.
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Session 6: 11:00〜11:55(同上)
杉浦克哉(名古屋市立大学)
「英語史における言語変化の方向性:構造縮小の観点から」
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本発表では、英語史に見られる言語変化の方向性について考察する。特に、英語の統語変化には、より小さい構造、より少ない文法的選択肢へ向かう傾向があるのではないかという構造縮小仮説を提示し、その可能性を検討する。第一に、杉浦(近刊)で論じた、主語位置に現れる顕在的主語動名詞(例:Him winning the game was important for every player. における下線部)を取り上げる。杉浦(近刊)では、初期近代英語期に、母型節に先行するNP+Ving形が独立分詞構文、すなわち副詞節から母型節の主語へ再分析されたと主張した。本発表では、この変化を統語構造の縮小として捉える。第二に、古・中英語にOVとVOの二つの基底語順が存在したとするPintzuk (1999)の二重基底仮説に基づき、OV/VOからVOへの一本化を文法的選択肢の減少として捉える。杉浦(2025)等で扱ったOV/VO語順についてさらに調査を進め、この分析の妥当性を検討する。以上の事例を踏まえ、構造縮小という方向性が認められるとすれば、なぜそのような方向への変化が生じるのかを、Chomskyの第三要因、特に計算効率の原理、およびvan Gelderen (2021)が論じる経済性との関係から検討する。
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Session 7: 13:00〜13:55(同上)
下地理則(九州大学)
「情報理論に基づく語性(wordhood)の新しい類型論に向けた試論」
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「語」が分析に先立って与えられる単位かどうかは類型論の争点であり、近年は語が所与の単位であるという古典的な考え方から、帰無分布に対して検定するような方法で実在を証明するという確率論的類型化の方に移行しつつある。本発表は、その類型論の準備段階として、どのようにすれば「語」の実在性を計測したことになるのか、という未解決の問題について、今進めているプロジェクトを紹介する形で試論を展開する。宮古語伊良部島方言の1万形態素コーパスを用いる。候補となるいくつかの境界(root+affix, root+affix+clitic, etc.)を仮説候補とし、境界配置のみを変える再括弧化との並べ替え検定で比較する。検定は情報量(surprisal)が担う。その結果、いわゆる文節相当の単位に、そしてそれのみにおいて、目立って情報量のジャンプがあり、かつこの単位内の情報量が一定に保たれるという特徴があることがわかった。しかも、この結果は、発話休止可能性という独立したパフォーマンス検定でも支持される。形態素から節に至る構成素の階層の中で、構造主義的な記述で文節として認定された単位が、そしてそれのみが、情報理論的な1つの実在を持つことは自明なことではなく、情報量を使った類型論が有望である可能性を示唆する。
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Session 8: 14:00〜14:55(同上)
杉崎鉱司(関西学院大学)
「日本語における格助詞を伴わないスルーシングの統語構造:母語獲得からの視点」
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英語では、(1)に例示されるような、wh句を残して節の他の部分を省略する現象の存在が知られており、この構文は「スルーシング」と呼ばれている。(2)に例示されるように、表面的に似た現象の存在は日本語においても観察されている。
(1) Ken recommended, but I don’t know who.
(2) ケンは誰かを推薦したが、
(a) 私は誰をか知らない。
(b) 私は誰か知らない。
英語のスルーシングに関しては、省略部分には通常のwh句の移動を含む完全な節構造がもともと存在しており、先行詞となる文との(意味的な)同一性に基づいてwh句以外の部分がPFで削除されるという分析が広く採用されている。英語と同様の分析が、(2a)のような、残余wh句が格助詞を伴っている日本語のスルーシング(Case-marked sluicing; CM sluicing)に対しては可能であると考えられている。一方、(2b)のような、残余wh句が格助詞を伴っていないスルーシング(non-CM sluicing)に関しては、その埋め込み節の主語位置を空代名詞が占める(3)のような構造を持ち、wh句の移動が含まれていないという分析が提案されている(Fukaya & Hoji 1999)。
(3) ケンは誰かを推薦したが、私は[ pro 誰か]知らない。
本研究は、日本語を母語とする幼児を対象とした調査を実施することにより、non-CM-sluicingの派生にはwh句の移動が含まれていないという分析に対して母語獲得からの支持を与えることを試みる。それにより、母語獲得からのデータが統語分析の妥当性の検証において有益な役割を持ちうることを主張する。
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挨拶:小川芳樹(東北大学)14:55〜15:00
問い合わせ先: 小川芳樹 @